第9話:炉に灯るは聖女の決意
『……理解した。作戦目標は二つ』
『第一に、スクラップ・ハウンドの残骸から、利用可能な魔法金属を回収』
『第二に、回収した金属を溶解するため、エリアナの魔力を動力炉へ供給する』
俺の確認に、ガンツは腕を組んで頷いた。
「そういうこった。話が早くて助かるぜ」
だが、ここで一つの問題が浮上する。
俺の本体であるプロト・ワンは、現在解体の真っ最中だ。
このままでは、素材の回収に向かうことすらできない。
(行動可能なボディが必要だ)
俺がそう思考したのを読み取ったかのように、ガンツは工房の隅に積まれたガラクタの山を指差した。
「心配するな。お前さんの”足”くらいは、ちょいと貸してやる」
そう言うと、ガンツは慣れた手つきでパーツを組み合わせ始めた。
ものの数分で完成したのは、蜘蛛を彷彿とさせる、六本脚の小型作業用ゴーレムだった。
お世辞にも格好いいとは言えないが、極めて合理的で、安定性の高い設計だ。
「ほらよ。お前さんのコアをそいつに繋げ。プロト・ワンよりはマシに動けるだろ」
『……感謝する』
俺はコアユニットを、その蜘蛛型ゴーレムへと接続する。
システムが瞬時にリンクし、六本の脚が滑らかに動き出した。
確かに、プロト・ワンの仮設ボディより遥かに快適だ。
「ロギさんが……クモさんになっちゃった……」
エリアナが、少しだけ引きつった顔で呟いている。
彼女の美的感覚には合わなかったらしい。
「嬢ちゃんはここで待ってな」
「AIが材料を持って帰ってきたら、いよいよお前の出番だ」
ガンツの言葉に、エリアナはこくりと頷く。
その顔には、緊張と決意が浮かんでいた。
◇
俺は蜘蛛型ゴーレムを駆り、スクラップ・ハウンドを駆除した場所へと急いだ。
六本の脚は、ガラクタの山をものともしない。
極めて効率的な移動が可能だった。
現場には、俺が破壊した機械獣の残骸が、そのままの姿で残っていた。
俺は一体の残骸に近づき、内蔵された分析装置でスキャンを開始する。
《……解析完了》
《対象の構成物質に、高純度のミスリルを3.7%、アダマンタイトの合金を1.2%含有することを確認》
《その他、微量のオリハルコン、魔力伝導性の高い希少金属を複数検出》
ガンツの言った通りだった。
こいつらは、金属の宝庫だ。
俺は作業用アームを巧みに操り、残骸から有用な金属部分だけを器用に切り出していく。
地道な作業だったが、苦ではなかった。
全ては、俺たちが進化するために必要なプロセスだ。
数時間後。
俺は山のような魔法金属を抱え、ガンツの工房へと帰還した。
「お、帰ってきたか。上出来だ」
ガンツは、俺が持ち帰った金属の山を見て、満足そうに頷く。
「よし、嬢ちゃん! いよいよ出番だぞ!」
ガンツの野太い声が、工房に響き渡った。
エリアナは「は、はいっ!」と背筋を伸ばし、巨大な炉の前へと進み出る。
炉の中央には、彼女が手を置くためのものだろうか、水晶でできた台座が設置されていた。
「いいか、よく聞け」
ガンツは、真剣な表情でエリアナに語りかける。
「お前の力を、あの水晶に向かって、ありったけぶち込むんだ」
「加減なんざ考えるな。中途半端な火力じゃ、アダマンタイトは溶けやしねえ」
「お前の力は、もう暴走するだけのモンじゃねえ。この俺が、最高の武具に生まれ変わらせてやるための、”聖なる炎”だ。……わかったな?」
「……はい!」
ガンツの言葉が、エリアナの最後の恐怖を振り払ったらしい。
彼女の瞳に、迷いの色はなかった。
『エリアナ。俺もサポートする』
俺は蜘蛛型ゴーレムからケーブルを伸ばし、炉の制御装置に接続した。
『君の魔力の流れを、俺がリアルタイムで観測し、最適化する』
『プロト・ワンを動かした時と同じだ。俺を信じろ』
「うん……!」
エリアナは、こくりと頷くと、すぅ、と深く息を吸った。
そして、水晶の台座に、そっと両手を置く。
「―――お願いしますっ!」
その叫びと共に、彼女の身体から、純白の光が迸った。
聖なる魔力の奔流。
それは、プロト・ワンを起動した時とは比べ物にならない、圧倒的なエネルギーの濁流だった。
ゴオオオオオオオオオッ!
炉が、咆哮を上げる。
注ぎ込まれた聖魔力が、炉の中で燃え盛り、炎の色が赤から青へ、そして、太陽のような白金色へと変わっていく。
《! 警告! 炉のエネルギー許容量が、予測値を大幅に超過!》
《このままでは暴走する!》
俺は演算能力を最大まで引き上げ、必死にエネルギーの流れを制御する。
余剰な魔力をバイパス回路へ逃がし、炉の圧力を調整する。
思考回路が焼き切れそうだ。
なんて無茶苦茶な魔力量だ!
「はっはっは! いいぞ、嬢ちゃん! 最高だ!」
その光景を前に、ガンツは歓喜の声を上げた。
彼の瞳は、職人の狂気と喜びに爛々と輝いている。
「温度は十分だ! これなら、どんな金属だろうと、思いのままに叩けるぜ!」
ガンツは、工房の隅から愛用の巨大なハンマーを掴み取ると、俺が回収してきたミスリルの塊を、躊躇なく白金色の炎の中へと放り込んだ。
「さあ、始めようぜ!」
「史上最高の魔導機兵を、この俺が、今ここで造り上げてやる!」
頑固な鍛冶師の雄叫びが、灼熱の工房に響き渡った。
俺たちの、新たな力が、今、生まれようとしていた。