第7話:頑固な鍛冶師
「てめえ、こんな場所で何をしてやがる!」
「ここは、俺の工房の裏庭だぞ!」
(敵性反応を検知。種別:ドワーフ、男性、壮年個体)
(武装:大型戦斧。材質は高純度の魔法鋼と推測)
(脅威度を算出……B+。単独での戦闘能力は、先のスクラップ・ハウンドの群れを上回る可能性あり)
俺は瞬時にプロト・ワンの戦闘態勢を整えながら、目の前のドワーフを分析する。
身長は低いが、その身体は鋼のように鍛え上げられていた。
何より、その眼光が鋭い。
ただの老人ではない。歴戦の戦士、あるいは、それに準ずる何かだ。
「ひっ……! ご、ごめんなさい!」
俺の背後から、エリアナの怯えた声が聞こえる。
彼女はプロト・ワンの巨大な脚に、必死にしがみついていた。
『我々は敵ではない』
俺は機体の外部スピーカーから、平坦な合成音声を響かせる。
『生存のために、この地に拠点を設営しているだけだ』
『君の領域を侵犯したというのなら謝罪する。だが、敵対の意思はない』
俺の言葉に、ドワーフは怪訝そうに眉をひそめた。
その視線は、俺が乗るプロト・ワンに向けられている。
「……ほう」
ドワーフは、巨大な戦斧を肩に担ぎ直すと、品定めするようにプロト・ワンの周りを歩き始めた。
「ただのガラクタゴーレムじゃねえな、こいつは」
「継ぎ接ぎだらけの見た目に反して、関節の駆動は滑らかだ。魔力循環の効率も悪くねえ」
(……見抜いているのか)
このドワーフ、機体の構造を正確に分析している。
ただの戦士ではない。優れた技術者でもあるらしい。
「だが、なんだその不格好な装甲は! 設計思想が泣いてるぞ!」
「それに、その動力源……嬢ちゃん、お前か?」
ドワーフの鋭い視線が、エリアナを射抜く。
「ひゃ、はいぃっ!」
エリアナは、カエルのように飛び上がった。
「なるほどな。嬢ちゃんのデカすぎる魔力を、この鉄クズが制御して動かしてるってわけか」
「面白いことを考える奴がいたもんだ」
ドワーフは、ニヤリと口の端を吊り上げた。
どうやら、敵意は薄れてきたらしい。
代わりに、技術者としての強い好奇心が、その瞳に宿っていた。
「で、だ。そんな面白いオモチャで、”あの扉”をどうこうしようってのか?」
ドワーフは、顎で背後の巨大な扉をしゃくってみせた。
『……この扉を知っているのか?』
「知ってるも何も、俺ぁもう50年、こいつと睨めっこしてるんでな」
ドワーフは、ふんと鼻を鳴らした。
「俺の名前はガンツ。見ての通り、しがない鍛冶師だ」
「”魔法と機械の融合”なんていう異端の研究に手を出したせいで、国を追い出されてな。ここに流れ着いたのさ」
ガンツと名乗ったドワーフは、自分の工房だと主張する洞穴を指差す。
そこには、巨大な炉や金床など、本格的な鍛冶設備が並んでいた。
「この扉の向こうに、古代の超技術が眠ってるに違いねえ」
「そう睨んで、ずっとこいつを開けようとしてきたんだが……まあ、見ての通りだ。傷一つつけられやしねえ」
ガンツは、悔しそうに扉を睨みつける。
その表情には、長年の探求者の執念が滲み出ていた。
そして、彼は再び俺たちに向き直る。
「嬢ちゃんの魔力と、そいつの制御能力。そして、そのデカブツのパワー」
「てめえらなら、あるいは……」
(……なるほど。状況は理解した)
彼は、俺たちに可能性を見出している。
敵対するよりも、協力した方が、自身の目的を達成できる可能性が高いと判断したのだろう。
それは、俺にとっても悪い話ではない。
『協力、という提案と解釈していいか?』
「勘違いするな。俺はてめえらを認めたわけじゃねえ」
ガンツは、吐き捨てるように言った。
「だが、俺の工房の裏庭をうろちょろされるのは気に食わねえ」
「さっさとその扉を開けて、とっとと目的を済ませて出ていけ。そのために、知恵くらいは貸してやらんでもない」
いかにもドワーフらしい、ひねくれた言い方だ。
だが、その言葉に嘘はないだろう。
『……交渉成立と判断する』
俺がそう答えると、ガンツは満足そうに頷いた。
「ふん。話が早えじゃねえか」
「だが、言っておくが、俺はてめえのそのガラクタボディが気に食わねえ」
「まずは、そのみっともねえドンガラを、俺が叩き直してやる。文句はねえな?」
それは、提案というよりは、決定事項の通達だった。
だが、俺に断る理由はなかった。
専門家による機体のアップグレード。
願ってもない申し出だ。
『異論はない。よろしく頼む、マスター・ガンツ』
「……マスターはやめろ。鳥肌が立つ」
こうして、俺たちは頑固で腕利きのドワーフの鍛冶師という、予期せぬ協力者を得ることになった。
目的は一つ。
目の前にある、古代の扉を開くこと。
その先に何が待っているのか、まだ誰も知らなかった。