第6話:地下水脈の謎
(……なんだ、この信号は)
俺はプロト・ワンのコクピットで、モニターに表示された波形データを解析していた。
地下水脈の源流から発信され続ける、規則的なエネルギーの波。
それは、まるで誰かが送っているモールス信号のようだった。
(……解析不能。データベースに該当するパターンが存在しない)
既知のどの魔法とも、どの通信技術とも異なる。
だが、その構造は明らかに人工的なものだ。
つまり、この廃墟の地下深くには、”何か”が、あるいは”誰か”が、今も活動を続けているということになる。
「……ロギさん? どうかしたの?」
ふと、エリアナの声が聞こえた。
いつの間にか、彼女は俺が組み立てた簡易ベッドから降りて、プロト・ワンの足元に立っていた。
その手には、浄水装置で作ったばかりの綺麗な水が入った水筒が握られている。
『……いや、少し気になるデータを検知しただけだ』
「気になるデータ?」
俺は外部モニターに、エネルギーの波形グラフを表示して見せた。
素人の彼女が見ても、意味はわからないだろう。
ただの状況共有だ。
『この地下水脈の、さらに奥から、奇妙な信号が発信されている』
『正体は不明。だが、自然現象ではないことだけは確かだ』
「奥……?」
エリアナは、俺たちが掘った井戸の暗い穴を覗き込む。
その先には、広大な地下空洞が広がっているはずだ。
「……行ってみようよ!」
返ってきたのは、俺の予測を少しだけ超える言葉だった。
『……提案の意図を問う。危険が伴う可能性がある』
「だって、気になるもん!」
エリアナは、悪戯っぽく笑った。
「それに、もしかしたら、私たちみたいに困っている人がいるのかもしれないし」
「それに……今の私たちなら、大丈夫だよ」
彼女は、プロト・ワンの巨体を、信頼のこもった目で見上げた。
その瞳には、かつてのような怯えや不安の色は、もうない。
(……パイロットの精神的安定は、機体の性能を向上させる)
(彼女の”好奇心”という非合理的な感情も、今はプラスに作用する変数と判断すべきか)
俺は数秒間、思考を巡らせる。
リスクは確かにある。
だが、それ以上に、未知のテクノロジーや情報を得られる可能性というリターンも大きい。
『……了解した。これより、信号の発信源の調査を開始する』
『エリアナ。再度、魔力の供給を頼む』
「うん、任せて!」
彼女の元気な返事と共に、再び力強い魔力が機体へと流れ込んでくる。
俺はプロト・ワンの腕部アタッチメントを、岩盤掘削用のドリルに換装した。
井戸をさらに拡張し、この巨体ごと地下空洞へ進入するためだ。
◇
地下空洞は、俺の予測以上に広大だった。
天井には発光する苔が群生しており、あたりを幻想的な青白い光で照らしている。
巨大な鍾乳石が林立し、まるで自然が作り出した神殿のようだった。
『……信号は、さらに奥。北東方向へ300メートル』
俺はプロト・ワンを慎重に歩かせながら、センサーで周囲の警戒を続ける。
幸い、敵性反応はない。
この地下空洞は、スクラップ・ハウンドたちの縄張りではなかったらしい。
やがて、俺たちの目の前に、それは姿を現した。
「……なに、これ……」
エリアナが、息を呑む。
それは、巨大な”扉”だった。
高さは20メートル以上。幅もそれくらいあるだろう。
表面には幾何学的な模様がびっしりと刻まれており、その素材は俺のデータベースにない未知の金属でできていた。
信号は、間違いなくこの扉の向こう側から発信されている。
(古代文明の遺物……いや、それよりもさらに古い時代のものか……?)
俺は扉に近づき、表面構造をスキャンしようと試みる。
だが、センサーが弾かれる。
強力なエネルギーフィールドが、扉全体を覆っているようだ。
(物理的に破壊するのは困難。いや、不可能に近い)
(何らかの解除コード、あるいは”鍵”が必要だと推測される)
どうしたものか、と思考を巡らせていた、その時だった。
「――おい、そこのデカブツ!」
突如、背後から野太い声が響き渡った。
俺は即座にプロト・ワンを反転させ、声のした方角へ向き直る。
エリアナも「ひゃっ!?」と短い悲鳴を上げて、俺の背後に隠れた。
そこに立っていたのは、一人のドワーフだった。
年齢は100歳を超えているだろうか。
見事に編み込まれた赤茶色の髭に、頑固そうな顔つき。
その手には、身の丈ほどもある巨大な戦斧が握られている。
ドワーフは、俺たちが乗るプロト・ワンの威容を前にしても、一歩も引かずに言い放った。
「てめえ、こんな場所で何をしてやがる!」
「ここは、俺の工房の裏庭だぞ!」