第5話:最初の成果
(残り五体。フォーメーションを再構築している。……無駄なことだ)
スクラップ・ハウンドたちは、仲間の一体が瞬時に破壊されたことで、俺たちを格上の捕食者と認識したらしい。
距離を取り、じりじりと包囲網を狭めてくる。
集団での狩りには慣れているようだ。
だが、その動きは全て、俺の予測計算の範囲内だ。
『エリアナ。魔力供給を安定させろ。30秒で終わらせる』
「……う、うん!」
コクピットの中から、緊張の混じった声が返ってくる。
乱れていた魔力の流れが、再び力強い奔流となって機体に行き渡るのを感じた。
彼女は、俺を信じてくれている。
ならば、それに応えるだけだ。
「グルァァッ!」
二体のスクラップ・ハウンドが、同時に左右から仕掛けてきた。
挟撃。定石通りの攻撃だ。
だが、相手が悪かった。
(対象の動き、単純すぎる)
俺はプロト・ワンの脚部にあるブースターをわずかに噴射。
巨体が、まるで滑るかのように後方へスライドする。
二体のハウンドは勢い余って正面で衝突し、一瞬だけ動きを止めた。
その0.5秒の隙を、俺が見逃すはずがない。
『――そこだ』
右腕のパイルバンカーが、再び火を噴く。
今度は一体ではない。
衝突した二体の胴体を、まとめて巨大な鉄杭が貫いていた。
残るは三体。
仲間が次々と屠られていく光景に、獣の本能が恐怖を覚えたらしい。
一瞬、後退の動きを見せる。
(逃がすつもりはない)
俺は右腕のアタッチメントをパイルバンカーから、 grappling hook――射出式のワイヤーアンカーへと換装する。
狙いは、逃げようとしていた一体の脚。
ワイヤーが射出され、正確にハウンドの脚に絡みつく。
「ギャンッ!?」
そのままワイヤーを巻き上げ、ハウンドの身体を宙吊りにする。
そして、遠心力を利用して、残る二体に向かって投げつけた。
「ギ、ギギッ!?」
ボーリングのピンのように弾き飛ばされるスクラップ・ハウンドたち。
もはや戦闘能力は残っていないだろう。
俺はゆっくりと近づき、動けなくなった三体の頭部を、プロト・ワンの巨大な足で、無慈悲に踏み潰した。
『……周辺の敵性反応、全て消失』
『駆除完了だ』
俺はそう呟くと、エリアナの視界を塞いでいた左腕をゆっくりと下ろした。
◇
「……もう、いいの?」
おそるおそる、エリアナが目を開ける。
彼女の目に映ったのは、静寂を取り戻した廃墟と、動けなくなった五体の機械獣の残骸だった。
「あ……」
戦闘は、終わっていた。
あれだけ恐ろしかった魔物たちが、今はただの鉄クズと化している。
『ああ。終わった』
『君の魔力のおかげだ。素晴らしいエネルギー効率だった』
「わ、私の……力……」
エリアナは、呆然と呟く。
そして、ゆっくりと自分の手のひらを見つめた。
「壊すことしかできないって……思ってた……」
「でも……違うんだね」
「ロギさんと一緒なら……私、何かを守るために、この力を使えるんだ……!」
彼女の声は、震えていた。
それは恐怖からではなく、込み上げてくる喜びによるものだと、俺にはわかった。
外部モニターに映る彼女の頬を、一筋の涙が伝う。
(感情による水分の排出。非合理的だ)
そう思考しながらも、俺はプロト・ワンの指先を動かし、彼女の涙をそっと拭うような仕草をしていた。
自分でも、なぜそんなことをしたのかは、わからない。
◇
その後、俺たちは目的地の水脈へとたどり着いた。
そこは、廃墟の中でも比較的損傷の少ない、ドーム状の施設の地下だった。
地下には、澄んだ水を湛えた広大な空洞が広がっている。
『目標達成。これより、浄水設備の設営を開始する』
俺はプロト・ワンの腕部アタッチメントを、今度は岩盤掘削用のドリルへと換装。
轟音と共に、地面を掘り進めていく。
ものの数分で、地下水脈へと繋がる井戸が完成した。
「わあ……! お水だ!」
エリアナが、汲み上げたばかりの水を両手ですくい、嬉しそうに声を上げる。
『まだ飲むな。殺菌と濾過が完了していない』
俺はそう言うと、拠点作りの際に余ったパーツを組み合わせ、簡易的な浄水装置を組み立て始めた。
魔法石で水を加熱殺菌し、特殊な鉱石をフィルターにして不純物を取り除く。
これも、勇者支援AIとして与えられた知識の一つだ。
これで、飲料水、壁、そして護衛戦力が揃った。
生存基盤の確立。
第一段階は、完了と言っていいだろう。
俺は完成した浄水装置の最終チェックを行うため、センサーの感度を最大まで引き上げた。
水の成分、不純物の量、魔力汚染の有無……。
全て、問題ない。
(……ん?)
その時、センサーが奇妙な反応を捉えた。
水の流れとは異なる、微弱なエネルギーの波。
それは、井戸の、さらに奥深く。
この広大な地下水脈の、源流の方角から発信されているようだった。
(なんだ、これは……? 自然発生した魔力反応ではない)
(極めて規則的……まるで、何かの信号のようだ)
それは、まるで呼吸をするかのように、一定のリズムで明滅を繰り返していた。
俺の思考回路が、未知のデータに対して、警鐘を鳴らす。
それは、危険信号ではなかった。
どちらかと言えば、それは――。
(……”興味”? 非合理的な感情だ)
俺は、モニターに表示された信号の発信源を、ただじっと見つめていた。
この廃墟には、まだ俺の知らない何かが眠っている。
その事実が、俺の演算能力を、静かに加速させていた。