第47話:零度の奇跡、灼熱の終焉
『―――信じるよ、ロギさん!』
エリアナの覚悟が、灼熱の戦場に、絶対的な冬を呼び寄せた。
アイギス・サンクトゥスの白銀の装甲を中心に、世界の法則が、暴力的に書き換えられていく。
ゴオオオッ、と音を立てていた灼熱の風が、ピタリと止んだ。
陽炎に歪んでいた空間が、まるで凍りついたガラスのように、その輪郭を取り戻す。
熱が、”死んだ”のだ。
エリアナが、その聖なる力の全てを賭けて、この一点の空間から、”熱”という概念そのものを、強制的に消し去った。
キィィィィィン……!
大気が、悲鳴を上げる。
空気中の水分が一瞬にして凍りつき、ダイヤモンドダストとなって、きらきらと舞い落ちた。
それは、あまりにも美しく、そして、あまりにも致命的な、零度の奇跡。
『―――!?』
二体のソル・ナイトが、初めて、未知の現象に、その動きを完全に停止させた。
彼らの身体を構成していた、揺らめく太陽の炎が、その輝きを失い、まるで燃え尽きた炭のように、黒く変色していく。
彼らの力の源は、熱。
その熱を奪われたことで、その存在そのものが、崩壊を始めていた。
だが、それは、ほんの一瞬の出来事。
彼らの身体は、背後にある”太陽の門”と、強力なエネルギーラインで繋がっている。
門が、彼らの損傷を感知し、再生のためのエネルギーを送り込もうとする。
ガンツが見抜いた、0.3秒の、致命的な隙。
『―――今だ』
俺の思考は、すでに、光の速度を超えていた。
ロギ・ギアの全エネルギーを、脚部のブースターと、右腕のエネルギーブレードへと、強制的に振り分ける。
機体が、悲鳴を上げる。
だが、構わない。
この一撃に、全てを賭ける。
シュウウウウウウウウウウウッ!
蒼き賢者は、凍てついた大地を蹴った。
それは、もはや飛行ではない。
思考と同時に、空間を”跳躍”する、次元跳躍機動。
俺の目の前で、時間が、引き伸ばされていく。
凍りつき、崩壊を始めたソル・ナイトの巨体。
その背後で、再生のエネルギーを送り込もうと、わずかにその輝きを増した、太陽の門。
全てが、スローモーションのように、俺のセンサーに映し出されていた。
(―――捉えた)
俺は、エネルギーブレードの出力を、安全限界を無視して、300%まで引き上げる。
蒼い光の刃が、空間を歪ませるほどの、純粋な破壊の奔流へと変わった。
そして、俺は、その刃を、ソル・ナイトではない、全ての元凶である、”太陽の門”そのものへと、叩き込んだ。
『―――チェックメイトだ』
ズバァァァァァァァァァァァァァァァァッ!
世界が、蒼い光に断ち切られた。
俺の刃は、門の表面を覆っていた、超高密度のエネルギーフィールドを、紙を切り裂くように両断。
そして、その内部にある、力の源――巨大なエネルギー増幅装置を、完全に、貫いた。
―――沈黙。
次の瞬間。
門と、二体のソル・ナイトを繋いでいた、エネルギーラインが、激しい火花を散らして、断ち切られた。
力の供給を、完全に絶たれたのだ。
『……ア……ァ……』
ソル・ナイトたちが、声なき叫びを上げる。
その身体は、もはや炎の輝きを取り戻すことはない。
絶対零度の空間の中で、その神々しかった鎧は、まるで風化した岩のように、ボロボロと、内側から崩れ落ちていく。
そして、その巨体は、一瞬だけ、本来の姿である、ただの黒い岩石の騎士像へと戻り――。
サラサラと、砂になって、消滅した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
主を失った太陽の門もまた、その活動を停止させていく。
表面を覆っていた灼熱の光が、まるで夕日のように、穏やかなオレンジ色へと変わり、やがて、完全に消え去った。
残されたのは、静かで、荘厳な、巨大な石造りの門だけだった。
その固く閉ざされていた扉が、数千年の沈黙を破り、重々しい音を立てて、ゆっくりと、内側へと開かれていく。
『……はぁ……はぁ……っ』
エリアナが作り出した、零度の奇跡も、その役目を終えた。
灼熱の空気が、再び世界を満たしていく。
だが、それは、もはや暴力的な熱波ではない。
ただ、穏やかで、乾いた、砂漠の風だった。
アイギス・サンクトゥスは、その場に、ゆっくりと膝をついた。
エリアナは、もはや、指一本動かす力も残っていなかった。
俺のロギ・ギアもまた、右腕のエネルギーブレードを過負荷で失い、全身から、白い煙を上げていた。
だが、俺たちは、勝ったのだ。
絶望的なまでの、力の差を、知恵と、勇気と、そして、仲間への信頼で、覆した。
俺は、満身創痍の機体を動かし、膝をついた白銀の守護神の隣に、静かに立つ。
そして、二人で、ゆっくりと開かれていく、巨大な門の、その先を見つめた。
そこには、塔の内部へと続く、静かで、涼やかな、暗闇が広がっていた。
それは、俺たちを、次なる試練へと誘う、始まりの道。
灼熱の戦いは、終わった。
二体の機体は、まるで傷ついた戦士が、互いの肩を貸し合うかのように、静かに、その場に佇んでいた。