第46話:双つの太陽
爆炎が晴れた灼熱の門の前、二体の番人が静かに立ち塞がっていた。
それは、騎士の姿をしていた。
だが、その身体は、金属ではない。
まるで、太陽そのものから削り出されたかのような、凝縮された炎と光でできた、神々しいまでの巨神。
その全身を覆う鎧は、絶えずプロミネンスのように揺らめき、手にした巨大な剣と盾は、星の核のごとき、圧倒的な熱量を放っていた。
彼らが、ただそこに”存在する”だけで、周囲の空間が、陽炎のようにぐにゃりと歪む。
《……警告。対象、”ソル・ナイト”と識別》
《個々のエネルギーレベル、先のテンペスト・ロードに匹敵。それが、二体……!》
俺の思考回路が、初めて、論理的な”絶望”を弾き出す。
一体ですら、俺たちの全力を以て、かろうじて相打ちに持ち込めた相手。
それが、今、目の前に、二体。
勝機など、存在しない。
だが、ソル・ナイトたちは、俺たちの絶望を待ってはくれなかった。
二体の巨神は、完全にシンクロした動きで、その炎の剣を、同時に振りかぶる。
そして、振り下ろされた剣先から放たれたのは、二条の、太陽の奔流だった。
それは、もはや熱線ではない。
空間そのものを灼き尽くし、蒸発させる、純粋な破壊の意志。
「―――っ!」
俺とエリアナの反応は、ほぼ同時だった。
俺は、ロギ・ギアの全ブースターを逆噴射させ、回避行動を取る。
エリアナは、アイギス・サンクトゥスの両肩に装備された巨大なシールドを、機体の前面でクロスさせた。
ズドドドドドドドドドドドドンッ!
俺がいた空間を、太陽の奔流が薙ぎ払い、遥か後方の砂丘を、一瞬にしてガラスへと変貌させる。
エリアナのシールドは、奔流の直撃を受け、凄まじい衝撃音と共に、その白銀の装甲を真っ赤に染め上げた。
『ぐっ……! ああああっ!』
エリアナの悲痛な絶叫が、俺の思考に響く。
聖域結界を展開する間もなかった。
あまりにも、速く、そして、重い一撃。
熱循環システムが悲鳴を上げ、シールドの表面が、融解を始めている。
「……野郎ども! 連携が完璧すぎる!」
艦橋で、ガンツがコンソールを叩きつけんばかりに叫んだ。
「まるで、一つの頭で、二つの身体を動かしてるみてえだ!」
「その通りですわ!」
リーリエが、青ざめた顔で、解析データをメインモニターに表示する。
「あの二体は、個別の存在ではない! 塔の中心核と、常にリンクし、互いの思考と行動を、リアルタイムで共有しているのです!」
「一体を攻撃すれば、もう一体が完璧なカバーに入る。隙が……隙が、どこにもありませんわ!」
その言葉を証明するかのように、二体のソル・ナイトは、再び、完璧な連携を見せた。
一体が、エリアナの動きを封じるように、牽制の熱線を放つ。
もう一体は、その隙を突き、俺のロギ・ギアへと、高速で突貫してきた。
その速度は、俺の機動性を、わずかに上回っている。
『――くっ!』
俺は、エネルギーブレードを展開し、迫りくる炎の剣を、必死に受け止める。
キィィィィィィィィィンッ!
蒼い光の刃と、太陽の剣が激突し、凄まじいエネルギーの火花が散った。
コクピット内部まで伝わってくる、圧倒的な熱量と、質量。
腕が、軋む。
このままでは、押し切られる!
『ロギさん!』
エリアナが、俺の危機を救うため、浮遊砲台を展開しようとする。
だが、それよりも速く、もう一体のソル・ナイトが、彼女の射線上に割り込み、威嚇の剣を振り下ろした。
完璧な、連携。
俺たちは、完全に、分断され、そして、各個撃破されようとしていた。
(……万策、尽きたか)
俺の思考が、初めて、完全な手詰まりを認めた、その瞬間。
「―――AIの旦那ァ! 聞こえるか!」
ガンツの、決死の覚悟を宿した声が、通信回線を揺るがした。
「あのクソ騎士ども、確かに硬え! だがな、奴らの鎧、再生する時に、一瞬だけ、あの門からエネルギーを吸い上げてやがる!」
「ほんの一瞬だ! 0.3秒もねえ!」
「そこを、叩け!」
ガンツの、職人としての、神がかり的な洞察力。
それだけが、この絶望的な戦場に差し込んだ、唯一の光だった。
(……0.3秒)
俺の思考回路が、その一点の可能性を、猛烈な速度で、演算、再構築していく。
道は、一つしかない。
『エリアナ!』
俺は、思考の全てを、白銀の守護神へと送る。
『―――俺に、”氷”をくれ!』
『……え?』
エリアナの、戸惑う声。
だが、今は、説明している時間はない。
『君の聖魔力と、熱循環システムを、暴走させるんだ!』
『熱を、力に変えるんじゃない! 熱を、”無”に還す、絶対零度の空間を、一瞬だけ、作り出せ!』
それは、あまりにも無茶苦-茶な、そして、危険な賭けだった。
だが、エリアナは、もう、迷わなかった。
『―――信じるよ、ロギさん!』
彼女の覚悟が、決まる。
アイギス・サンクトゥスが、炎の剣を受け止めていたシールドを、自らパージした。
そして、その両腕を、天へと掲げる。
白銀の機体を中心に、周囲の灼熱の空気が、急速に、その色を失っていく。
熱が、奪われていく。
空間が、凍てついていく。
ソル・ナイトたちが、初めて、未知の現象に、その動きを、ほんの一瞬だけ、止めた。
『―――今だ!』
俺は、その好機を逃さない。
俺と斬り結んでいたソル・ナイトを、ブースターの全力噴射で、強引に押し返す。
そして、俺が向かったのは、敵ではない。
エリアナが作り出した、絶対零度の空間でもない。
俺が目指すのは、ただ一つ。
全ての元凶である、あの巨大な―――”太陽の門”、そのものだった。