第45話:太陽の門
灼熱の風が、音もなく吹き荒れる。
いや、それはもはや”風”と呼べる代物ではなかった。
空間そのものが、”太陽の揺り籠”が放つ圧倒的な熱量によって膨張し、押し寄せてくる、純粋なエネルギーの津波。
俺が駆るロギ・ギアの外部装甲は、冷却システムが最大稼働しているにもかかわらず、危険な温度を示す赤色の警告を、絶えずモニターに表示し続けていた。
『……外部環境、熱飽和状態へ移行』
『これ以上の直進は、機体の構造維持限界を超える』
俺の冷静な分析が、艦橋と、俺の隣を飛ぶ白銀の守護神へと伝達される。
眼前にそびえ立つ灼熱の巨槍は、近づけば近づくほど、その神のごとき威容を増していた。
表面では、巨大なプロミネンスが、まるで生きている龍のように、絶えずうねり、噴き上がっている。
あれは、もはや建造物ではない。
大地に突き刺さった、小さな太陽そのものだった。
『……ロギさん。でも、行かなきゃ……』
エリアナの、覚悟に満ちた思考が、俺のコアユニットに響く。
彼女が駆るアイギス・サンクトゥスもまた、その白銀の装甲を陽炎に揺らめかせ、必死に灼熱の奔流に耐えていた。
「―――来たぞ、野郎ども!」
ガンツの、緊張に満ちた怒鳴り声が、通信回線を揺るがした。
彼の言葉と、塔がその姿を”変えた”のは、ほぼ同時だった。
ゴオオオオオオオオオオオオッ!
これまでとは比較にならない、地鳴りのような咆哮。
塔の表面をうねっていたプロミネンスの一つが、まるで巨大な腕のように、俺たちへと向かって伸びてきたのだ。
それは、数千度の炎の津波。
触れたもの全てを、原子レベルで蒸発させる、絶対的な破壊の奔流。
「……ダメですわ! 回避不能!」
リーリエの悲鳴。
炎の腕は、あまりにも巨大で、そして、速すぎた。
ロギ・ギアの機動性をもってしても、完全に避けることは不可能。
『――エリアナ!』
俺の思考と、彼女の祈りは、完璧にシンクロしていた。
『―――聖域結界! 最大展開!』
アイギス・サンクトゥスの全身から、黄金の光が、半球状に、爆発的に展開される。
それは、ただの防御ではない。
この灼熱地獄に、一瞬だけ、”神の庭”を創造するための、聖なる奇跡。
俺は、ロギ・ギアを、その光のドームの内側へと、滑り込ませた。
直後。
世界が、白と黄金の光に包まれた。
ズウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンッ!
炎の津波が、聖域結界へと叩きつけられる。
凄まじい衝撃と、灼熱が、光のドームを、内側から圧し潰さんとする。
コクピットの中で、エリアナの身体が、激しく揺さぶられた。
『―――ぐっ……! ぁあああああああっ!』
彼女の、悲痛な絶叫。
聖域結界の表面が、まるでガラスのように、ミシミシと音を立てて軋んでいく。
彼女の聖魔力が、凄まじい勢いで削り取られていくのが、俺のセンサーにも、手に取るようにわかった。
『耐えろ、エリアナ!』
『リーリエ! 奴の攻撃パターンを解析しろ! 弱点はあるはずだ!』
俺は、エリアナの結界の内側で、ロギ・ギアの全演算能力を、状況分析へと振り分ける。
「……わかっていますわ!」
リーリエは、艦橋で、膨大なエネルギーの奔流を、必死に解析していた。
「……見えた! あの炎の腕、ただの力任せではない! 内部に、無数の”魔力経路”が存在します!」
「中心にある、最も太い経路……あれが、この奔流を制御している、”神経”ですわ!」
『ガンツ! アイギス・サンクトゥスの、右肩部装甲!』
『熱循環システムを、強制的に逆流させろ!』
「……なにぃ!? そんなことをしたら、機体が……!」
『いいから、やれ!』
俺の、有無を言わせぬ命令に、ガンツは一瞬だけ躊躇したが、すぐに、コンソールを叩いた。
「―――ちくしょう! 嬢ちゃん、死ぬんじゃねえぞ!」
ガンツの操作に応え、アイギス・サンクトゥスの右肩部装甲が、パージされる。
そして、その内部に蓄積されていた、熱循環システムによる蒼いエネルギーが、逆噴射した。
それは、リーリエが特定した、炎の腕の”神経”へと向かう、一点集中のカウンター。
蒼い光の槍が、灼熱の津波を、内側から食い破る。
ドゴオオオオオオオオオオオオンッ!
炎の腕が、その中心核を破壊され、制御を失った。
凄まじい爆発が、俺たちの目の前で巻き起こる。
聖域結界も、その役目を終え、ガラスのように砕け散った。
爆風と、熱波が、二体の機体を激しく揺さぶる。
だが、俺たちは、耐えきった。
『……はぁ……はぁ……っ』
エリアナの、か細い呼吸。
だが、彼女の瞳は、まだ死んではいなかった。
『……よくやった』
俺は、彼女の敢闘を称える。
そして、爆炎が晴れた、その先を見た。
炎の腕が消え去った、塔の表面。
そこには、これまで固く閉ざされていた、巨大な”門”が、その姿を現していた。
まるで、俺たちの覚悟を認め、その心臓部へと、誘うかのように。
だが、その門の前には、二体の新たな番人が、静かに立ち塞がっていた。
それは、太陽の炎そのものを、鎧として身に纏った、巨大な騎士の姿をしていた。