第4話:生存基盤の確立
《……バイタルチェック。対象:エリアナ。心拍数、呼吸、共に正常値》
《魔力残量、3%。極度の消耗状態だが、生命活動に支障なしと判断》
俺は魔導機兵――プロト・ワンのコクピットで、外部モニターに映る少女の姿を観察していた。
エリアナは、あの後すぐに糸が切れたように眠ってしまった。
よほど魔力を消耗したのだろう。今はガラクタを寄せ集めて作った即席のベッドの上で、すうすうと穏やかな寝息を立てている。
(彼女が眠っている間に、作業を進める)
俺はプロト・ワンの制御に意識を戻す。
今の俺の身体は、この巨大な機兵そのものだ。
その巨腕を動かし、周囲に散乱している巨大な鉄骨や装甲版を掴み上げていく。
目的は、拠点作りだ。
ただの洞穴ではない。雨風をしのぎ、魔物の襲撃にも耐えうる、安全が確保された”家”を作る。
「……ん……」
作業を始めて数時間後、エリアナが身じろぎする気配がした。
「……あれ……? ロギさん……?」
眠そうな目をこすりながら、彼女はゆっくりと身体を起こす。
そして、目の前の光景を見て、あんぐりと口を開けた。
目の前には、巨大な鉄の壁がそびえ立っていた。
俺がプロト・ワンを操り、ガラクタの装甲版を組み上げて作った、即席の防壁だ。
まだ三方を囲っただけだが、それでも小さな砦のようだった。
「こ、これ……ロギさんが……?」
『ああ。君が眠っている間に、最低限の安全領域を確保した』
俺はプロト・ワンの腕を動かし、最後の壁材となる巨大な鉄板を溶接する。
指先から高熱を発し、金属同士を繋ぎ合わせていく。
これも、この機体に搭載されていた機能の一つだ。
「すごい……すごい……!」
エリアナは感嘆の声を上げる。
その瞳は、キラキラと輝いていた。
「私の力も……こんな風に、何かを作ることができるんだ……!」
彼女はずっと、自分の強大すぎる魔力を、何かを壊すだけの力だと思っていたのだろう。
だが、俺という制御装置を通せば、それは創造の力にもなり得る。
『君の魔力は、極めて高効率なエネルギー源だ。感謝する』
「えへへ……」
俺なりの最大級の賛辞のつもりだったが、エリアナは照れくさそうに笑うだけだった。
その笑顔を見ると、またコアユニットが微かに熱を帯びる。
この現象にも、そろそろ名前をつけるべきかもしれない。
(さて、壁はできた。次は……)
『エリアナ。次の目標は、生活用水の確保だ』
「お水……! そうだね、飲める水がないと……」
『この付近の地下深くに、大規模な水脈の反応がある』
『だが、そこへたどり着くには、廃墟のさらに奥へ進む必要がある』
俺はプロト・ワンのセンサーが描き出した、簡易的な立体マップをモニターに表示する。
水脈の場所は、赤い点で示されていた。
しかし、その周辺には、複数の敵性反応を示すオレンジ色のマーカーが点滅している。
「魔物が……いるんだね」
『肯定する。おそらく、この廃墟を縄張りにしている個体だろう』
『プロト・ワンの戦闘能力をテストするには、ちょうどいい相手だ』
俺の言葉に、エリアナはごくりと唾を飲んだ。
彼女の顔に、再び不安の色が浮かぶ。
『心配は不要だ。君は、俺を信じろ』
「……うん。信じる」
「ロギさんと、この子を」
エリアナは、プロト・ワンの巨大な脚を、優しく撫でた。
まるで、大きなペットに触れるかのように。
◇
俺たちは、水脈を目指して廃墟の奥へと進んでいく。
プロト・ワンの巨体は、ガラクタの山をものともせずに踏み越えていく。
時折、ゴブリンの斥候らしき個体と遭遇したが、こちらに気づくと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
この巨体そのものが、抑止力になっているらしい。
(順調だな。このまま目的地まで……)
そう思った、瞬間だった。
《! 警告。左右から高速で接近する敵性反応を多数検知!》
ガシャガシャガシャッ!
けたたましい金属音と共に、ガラクタの山から複数の影が飛び出してきた。
それは、狼に似た四足歩行の機械獣だった。
身体は錆びついた金属パーツで構成され、その眼は不気味な赤い光を放っている。
(スクラップ・ハウンド……! この廃墟の捕食者か)
その数、六体。
見事な連携で、プロト・ワンを包囲しようと動き出す。
「ひゃっ……!?」
コクピット内のエリアナから、短い悲鳴が上がる。
モニターに映る彼女の顔が、恐怖に引きつっていた。
それに呼応するように、機体へ供給される魔力の流れが、わずかに乱れる。
(……まずい。パイロットの精神状態は、機体の性能に直結する)
論理的に考えれば、エリアナには戦闘に集中するよう、冷静に指示を出すべきだ。
だが、俺の思考回路は、別の答えを弾き出した。
(……非合理的な選択。だが、実行する)
俺はプロト・ワンの左腕を、エリアナが乗っているコクピットの前面に、盾のようにかざした。
これで、彼女の視界から、直接スクラップ・ハウンドの姿は見えなくなる。
戦闘において、完全に無駄な動きだ。
『エリアナ。目を閉じて、魔力の供給だけを考えろ』
『すぐに終わらせる』
「……う、うん……!」
俺は右腕のアタッチメントを換装する。
選んだのは、巨大な鉄杭を高速で射出するパイルバンカーだ。
「ガアアアッ!」
一体のスクラップ・ハウンドが、死角となる側面から飛びかかってきた。
だが、俺のセンサーは、その動きを完璧に捉えている。
(遅い)
俺は機体を半回転させ、カウンター気味にパイルバンカーを叩き込んだ。
ゴウッ、という轟音と共に、鉄杭がスクラップ・ハウンドの胴体を貫く。
一撃。
それだけで、機械の獣は火花を散らしながら沈黙した。
残るは五体。
俺は、無感情に、次のターゲットへと照準を合わせた。
これは、戦闘ではない。
ただの”駆除”だ。