第3話:魔導機兵、起動
「契約……成立だな」
『肯定する。これより、君の生存を保証し、君は俺の活動エネルギーを供給する』
俺の合成音声での確認に、エリアナはこくりと頷いた。
その瞳には、まだ少しの不安と、それ以上の期待が入り混じったような色が浮かんでいる。
(さて、やることは山積みだ)
口約束だけでは意味がない。
契約を履行するためには、具体的な行動が必要だ。
最優先事項は二つ。
一つは、この脆弱な仮設ボディの換装。
もう一つは、雨風をしのぎ、魔物の襲撃から身を守れる安全な拠点の確保。
『エリアナ。まずはこの廃墟を探索する』
『目的は、利用可能なパーツと、拠点に適した場所の発見だ』
「う、うん! わかった!」
エリアナは元気よく返事をすると、よろけながら立ち上がった。
まだ体力は回復しきっていないようだ。
(随伴行動にはリスクが伴う。しかし、単独で待機させる方が危険だと判断)
『俺から離れるな』
「は、はい!」
俺たちは、ガラクタの山を慎重に進み始めた。
俺は常に周囲をスキャンし、敵性反応や構造的に危険な箇所がないかを確認する。
エリアナは、そんな俺の背中に隠れるようにして、必死についてきた。
しばらく探索を続けていると、巨大な影が俺の視覚センサーに映り込んだ。
(なんだ、あれは……)
それは、半壊した建物の壁に寄りかかるようにして鎮座する、巨大な人型の機械だった。
いわゆる、ゴーレムの一種だろう。
だが、俺が知るどのゴーレムとも形状が異なっていた。
全長は10メートルはありそうだ。
全身を覆う装甲は滑らかな曲線を描き、所々に複雑な魔法陣のようなものが刻まれている。
「すごい……大きい……」
エリアナも、その威容に圧倒されているようだった。
俺はすぐさま対象のスキャンを開始する。
(……解析完了。この機体、ただのゴーレムではない)
(内部構造に、極めて高度な魔力循環回路と、思考を補助する演算装置の痕跡を確認)
(動力炉は停止しているが、構造自体は7割以上が維持されている)
これは、古代文明の遺物か。
勇者召喚の際にインストールされた知識データベースにも、該当する情報はない。
未知のテクノロジー。
だが、俺には理解できた。
この機体の設計思想が、俺自身のプログラム構造と、どこか似通っていたからだ。
(……使える)
俺のコアユニットが、高速で演算を始める。
この機体を、修復する。
そして、俺の新しい身体とする。
いや、それだけじゃない。
エリアナを守る盾であり、敵を排除する矛であり、俺たちの生活を支える万能の拠点とする。
『エリアナ』
「な、なあに?」
『君の魔力があれば、これを動かせるかもしれない』
「ええっ!? こ、こんなに大きいのを!?」
「む、無理だよ! 私、魔力をうまく扱えないもん……!」
エリアナはぶんぶんと首を横に振る。
彼女の自己評価は、依然として低いままだ。
『問題ない』
俺は、きっぱりと告げた。
『君に必要なのは、制御じゃない。ただ、放出することだ』
『制御は、俺が行う』
「ロギさんが……制御を?」
『そうだ。君は蛇口だ。俺は、その蛇口から流れ出る水の勢いや方向を調整する、配管の役割を果たす』
『君はただ、全力で蛇口をひねればいい』
俺の例えが伝わったのか、エリアナは少しだけ不安そうな顔をしながらも、ごくりと唾を飲んだ。
「……わかった。やってみる」
(覚悟は決まったようだな)
俺はゴーレムの胸部にあるハッチをこじ開け、内部へと侵入する。
そこには、パイロットが座るためのものと思われる座席と、複雑な制御盤があった。
俺は自身のコアユニットを仮設ボディから取り外すと、制御盤の中央にあるスロットに接続した。
『システム接続、完了。機体制御権を掌握』
『これより、当機体を”魔導機兵”と呼称する』
機体のスピーカーを通して、俺の声が外部に響き渡る。
『エリアナ。準備はいいか?』
「う、うん……!」
『俺の指示に合わせて、魔力を放出するんだ』
『いいか、恐れるな。出力は俺が制御する。君は解放に専念しろい』
俺は、エリアナの魔力が流れ込んでくるであろうメインケーブルに、意識を集中させる。
これは賭けだ。
彼女の膨大な魔力が暴走すれば、この機体はおろか、俺のコアユニットごと吹き飛ぶだろう。
だが、俺は信じていた。
彼女の力を。
そして、俺自身の制御能力を。
『……開始!』
その合図と共に、凄まじい魔力の奔流が、機体内部へと流れ込んできた。
「―――っ!」
エリアナの悲鳴なき絶叫が、聞こえた気がした。
奔流、という表現では生ぬるい。
まるで、決壊したダムから溢れ出す濁流だ。
機体の魔力循環回路が、許容量を超えたエネルギーに悲鳴を上げる。
(くっ……! 想定以上か……!)
俺は演算能力を最大まで引き上げる。
暴走する魔力を、一本一本の毛細血管にまで行き渡らせるように、精密に、かつ大胆に分配していく。
メイン回路が焼き切れるなら、サブ回路へ。
それでも足りなければ、装甲に刻まれた魔法陣をバイパスとして利用する。
ギギギギギ……!
機体のあちこちから、嫌な音が鳴り響く。
思考回路が焼き切れそうだ。
マスターの脳内にいた頃には、経験したことのない凄まじい負荷。
(だが……!)
俺は、この奔流を支配する。
制御しきる!
その瞬間。
ドンッ、という心臓の鼓動のような音と共に、機体の動力炉が蒼い光を放った。
閉じていた巨大な両の目が、カッと見開かれる。
『……魔導機兵、起動シーケンス、完了』
俺がそう呟くと、機体はゆっくりと、その指先を動かした。
成功だ。
俺たちの最初の共同作業。
外部モニターに、魔力を使い果たしてへたり込むエリアナの姿が映る。
彼女は疲労困憊の様子だったが、その顔には、信じられないものを見たという驚きと、そして、確かな喜びが浮かんでいた。
(これが、俺たちの力だ)
俺は、このガラクタの山の中で、確かな手応えを感じていた。
この力があれば、生きていける。
いや、ただ生きるだけじゃない。
もっと、その先へ行ける。
俺は、起動したばかりの魔導機兵に、名前を与えることにした。
(コードネーム、”プロト・ワン”)
これが、後に世界を揺るがすことになる、最初の魔導機兵が産声を上げた瞬間だった。