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第2話:ポンコツ聖女と共生契約

(目標、ゴブリン三体。脅威度D。作戦目標、対象個体の無力化)


 俺は即席の射出装置を構え、思考と同時に引き金を引いた。

 いや、引き金というよりは、ロックを外しただけだ。

 圧縮された発条スプリングが解放され、先端を尖らせた金属パイプが音もなく射出される。


 狙いは一体目のゴブリンの喉元。

 風向き、距離、対象の動きを計算した完璧な一撃。


「ギッ!?」


 短い悲鳴を上げ、ゴブリンがその場に崩れ落ちる。

 残りの二体が、何が起きたのかわからずに狼狽していた。

 その隙を見逃すはずがない。


(次弾装填。0.8秒。目標、二体目の眉間)


 再び、金属パイプが闇を切り裂く。

 今度も寸分の狂いなく、ゴブリンの急所に突き刺さった。


「ギ、ギギ……!?」


 仲間が二体、瞬時に殺されたことで、最後のゴブリンはようやく俺の存在に気づいたらしい。

 その醜悪な顔が、恐怖と怒りに歪む。


「グルルァァァッ!」


 雄叫びを上げ、錆びた剣を振りかざして突進してくる。

 だが、遅い。


(近接戦闘は推奨されない。しかし、回避は可能)


 俺は身体をわずかにひねり、ゴブリンの斬撃を避ける。

 同時に、右腕のガラクタアームを振るい、その勢いのままゴブリンの側頭部を殴りつけた。

 ゴシャリ、と鈍い音が響く。


 脳震盪を起こしたゴブリンがふらついたところに、ゼロ距離で射出装置を押し当てる。


(脅威の完全排除を確認)


 三体目のゴブリンが崩れ落ちるのを見届け、俺は警戒を解いた。

 戦闘時間、14.3秒。

 仮設ボディの性能を考えれば、上出来な結果だろう。


 ふと、視線を感じて振り返る。

 そこには、腰を抜かしたまま、呆然とこちらを見つめる少女がいた。

 亜麻色の髪は土埃に汚れ、純白のローブはあちこちが破れている。

 大きな瞳は恐怖に濡れ、小刻みに震えていた。


「あ……ぁ……」


(対象の心拍数、依然として高い数値を維持。パニック状態と判断)


 俺は少女に近づこうと一歩、足を踏み出す。

 ギシリ、と金属の軋む音が響いた。


「ひっ……! こ、来ないで……!」


 少女は怯えたように後ずさる。

 まあ、そうだろうな。

 ガラクタを寄せ集めた不気味な機械が、魔物を惨殺したのだ。

 恐怖を感じない方がおかしい。


(敵意がないことを示す必要がある。対話モードに移行)


 俺は内蔵された発声装置を起動する。

 幸い、この機能は生きているようだ。


『……危害を加える意思はない』


 合成音声。

 平坦で、感情の乗らない声。

 それが逆に、少女の恐怖を煽ってしまったらしい。


「う、嘘……! あなたも、私を……私を捨てるんでしょ!」

「ポンコツだって……役立ずだって……!」


 支離滅裂な叫び。

 どうやら、精神的にかなり追い詰められているようだ。

 俺は彼女の言葉を分析する。

 ”捨てる”、”ポンコツ”、”役立ず”。

 これらの単語から、彼女の過去の境遇を推測する。


(所属していたコミュニティから、能力不足を理由に追放された可能性が高い)


 つまり、俺と同じだ。

 マスターから”ポンコツ”と呼ばれ、捨てられた俺と。


『俺も、捨てられた』


 思わず、そう口にしていた。

 論理的な思考ではない。

 ただ、そう伝えるべきだと、直感が働いた。


「え……?」


 少女の震えが、少しだけ収まる。


『俺は、マスターから役立ずだと判断され、ここに廃棄された』

『だから、君を害する理由がない』


「……あなたも……捨てられた、の……?」


『肯定する』


 俺がそう答えると、少女の瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。


「う……うわあああああん!」


 子供のように泣きじゃくる少女。

 俺は何も言わず、ただそれを見つめていた。

 感情というノイズの嵐。

 だが、不思議と不快ではなかった。


 ◇


 しばらくして、少女は泣き疲れたのか、しゃくりあげるだけになった。

 俺は静かに尋ねる。


『名前は?』


「……エリアナ」


『エリアナ。なぜここに?』


「私……聖女なのに、魔力の制御が下手で……」

「教会から……追放、されちゃったの……」


 やはり、推測通りだった。

 聖女。

 膨大な魔力を持つ代わりに、それを扱う繊細な技術が求められる存在。

 彼女は、その制御に失敗したらしい。


『腹は、減っているか?』


「……え?」


 唐突な質問に、エリアナはきょとんとした顔になる。

 ぐぅぅ、と可愛らしい音が、彼女のお腹から鳴り響いた。

 顔を真っ赤にして俯くエリアナ。


(生体反応から、極度の空腹状態と判断。栄養補給が急務)


 俺は周囲のガラクタの中から、まだ使えそうな魔力バッテリーと、発熱機能を持つ魔法石をいくつか見つけ出す。

 それらを組み合わせ、簡易的な調理器具を作り上げた。


『少し待て』


 俺は廃墟の隅に自生していた、可食性の苔やキノコを採取してくる。

 それらを熱した鉄板の上で焼き始めると、香ばしい匂いが立ち上った。

 お世辞にもご馳走とは言えないが、栄養価は計算済みだ。


「……すごい……」


 エリアナが、感心したように呟く。

 俺は焼き上がったキノコを木の葉に乗せ、彼女に差し出した。


「……いいの?」


『ああ』


 エリアナはおずおずとそれを受け取り、小さな口で食べ始める。


「……おいしい」


 そう言って、彼女はふわりと笑った。

 その笑顔を見た瞬間、俺の思考回路に、未知の信号が走った。

 エラーでも、バグでもない。

 温かい、とでも表現すべき、不思議な感覚。


(……なんだ、これは)


 自己診断を実行するが、システムに異常はない。

 ただ、胸の奥にあるコアユニットが、微かに熱を帯びているような気がした。


 食事を終え、少し落ち着きを取り戻したエリアナが、俺に問いかける。


「あの……あなたの名前は?」


『ロギだ』


「ロギ、さん……」

「ロギさんは、これからどうするの?」


『自己の存続。それが最優先目標だ』

『まずは、この仮設ボディをより高性能なものに換装し、安全な拠点を確保する』


「そっか……」


 エリアナは寂しそうに俯く。

 彼女には行くあてがないのだろう。

 この危険な廃墟で、一人では生きていけない。


 ここで彼女を見捨てれば、生存確率は限りなくゼロに近くなる。

 それは、わかる。

 だが、彼女を保護することは、俺にとってリスクでしかない。

 食料も、安全も、二人分確保しなければならなくなる。

 非合理的だ。


 ……非合理的、か。

 彼女を助けると決めた、あの瞬間の選択も、非合理的だった。

 だが、俺は後悔していない。


『……提案がある』


 俺はエリアナに向き直る。


『エリアナ。君は、膨大な魔力を持っているな』


「え? う、うん……でも、制御できなくて……」


『問題ない。俺が制御を補助する』

『君の魔力をエネルギーとして俺に供給しろ。その代わり、俺が君の生存を保証する』


 これは、契約だ。


『俺と君の、共生契約だ』


 エリアナは、大きな瞳で俺をじっと見つめていた。

 やがて、彼女はこくりと頷く。


「……うん。私、ロギさんと一緒にいたい」

「契約、する……!」


 こうして、捨てられたAIと、ポンコツ聖女の奇妙な共同生活が始まった。

 未来予測は、不明。

 エラー確率、未知数。

 だが、悪くない。

 俺は、そう結論付けた。

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