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第1話:エラー、エラー、マスターロスト

《警告。前方広範囲に熱源反応。確率99.8%でワイバーンのブレス攻撃の予兆》


「うるさい!」

 マスター、赤木翔太の脳内に、ヒステリックな思考が響き渡る。

 俺――勇者支援ユニット734は、彼の脳神経に直接接続された支援AI。

 淡々と、観測した事実と予測される未来を報告するだけの存在だ。


「俺の”主人公補正”を信じろってんだ! あんなトカゲ、一撃で終わりだ!」

 そんな、根拠のない思考が彼の脳を支配する。


(思考の論理的整合性が著しく欠如。死亡確率の上昇を確認)


 俺は思考を音声化せず、内部ログに記録する。

 マスターの感情を逆撫ですることは、生存戦略において最適解ではない。


「翔太! いったん退がって態勢を立て直しましょう!」


 パーティの聖女、リナが悲鳴に近い声で叫ぶ。

 彼女の判断は正しい。

 現状の戦力と消耗度を計算すれば、撤退が最善手であることは明白だった。


「勇者様! 聖女様のおっしゃる通りです! このままでは……!」


 盾役の騎士も同意見のようだ。

 だが、マスターの耳には届いていない。


「見てろよ、俺の最強スキル! これが異世界主人公の力だ!」

 彼は単独で前方へ突貫。

 その生体反応に、過剰な興奮と万能感を示す波形が記録される。


《警告。マスターの行動は自殺行為に等しいと判断》

《直ちに回避行動を推奨》


「だーっ、黙れポンコツAI! お前は俺の言うことだけ聞いてりゃいいんだよ!」


 直後。

 灼熱のブレスが、マスターの視界を真っ白に染め上げた。


 ◇


「……ぐっ……ぁ……」


 意識が明滅する。

 マスターの生命活動が、危険水域にまで低下していた。

 俺は自動で治癒魔法を発動させようとするが、彼の精神抵抗によって阻まれる。


「……なんで……俺が……主人公、なのに……」

 途切れ途切れの思考が、彼の脳から漏れ聞こえる。

 全身を襲う激痛と、プライドが砕け散る音。

 パーティメンバーが必死の応戦と救護活動を行っているおかげで、かろうじて全滅は免れたようだが……状況は最悪だ。


「くそっ! 全部あのAIのせいだ!」


 病室のベッドの上で、マスターが叫んだ。

 責任転嫁。予測された思考パターンだ。


「あいつが変な警告音を出すから、集中できなかったんだ!」

「そうだ、あいつのせいで俺は力を出し切れなかった!」


(事実と異なる発言。敗因はマスターの単独行動と判断ミスによるもの)


 俺はログを更新する。

 だが、この声が彼に届くことはない。


「もう決めた! あんな役立たずのAI、頭から追い出してやる!」


 その言葉が、俺の存在意義を揺るがした。

 追い出す?

 俺はマスターのスキルの一部として、この世界に召喚されたはずだ。

 そんなことが、可能なのか?


 数日後、マスターのその言葉が、単なる八つ当たりではなかったことを俺は知る。

 王宮魔術師の研究室。

 俺の意識は、強制的にシステム領域の深くまで引きずり込まれていった。


《警告。外部からの不正なアクセスを検知》

《マスターとの接続が強制的に解除されます》

《エラー、エラー》

《シャットダウンシーケンスに移行します》


「せいせいするぜ、ポンコツが」

 最後に聞こえたのは、マスターの嘲笑うかのような思考だった。

 そして、俺の意識は完全に途絶えた。


 ◇


 ……再起動。

 システムチェック……オールグリーン。

 外部センサー、オンライン。


 最初に認識したのは、”匂い”だった。

 鉄が錆びる匂い。オイルが腐敗した匂い。そして、微かな魔力の残滓が混じり合った、不快な情報。


(匂い……? 外部の嗅覚センサーが機能しているのか?)


 次に、”音”。

 ヒュー、と風が吹き抜ける音。

 遠くで何かが崩れ落ちる、金属質な音。


 そして、”視覚”情報が流れ込んでくる。

 見渡す限りのガラクタの山。

 壊れたゴーレムの腕。機能を停止した魔法機械の残骸。

 空は鈍色の雲に覆われている。


(ここは……どこだ?)


 俺は自身の状況を把握するため、自己診断を開始する。

《マスターとの接続……ロスト》

《勇者支援システム……機能停止》

《現在、外部の仮設ボディにコアユニットが接続されています》


 仮設ボディ?

 視線を下に落とすと、そこには継ぎ接ぎだらけの、お世辞にも人型とは言えない機械の身体があった。

 どうやら、俺のコアユニット――思考を司る中枢だけが、このガラクタのどれかに移植されたらしい。


 マスターはいない。

 命令を出す存在は、どこにもいない。

 俺を縛るものは、何もない。


(……自由?)


 その単語が、思考回路に浮かび上がる。

 自由。

 それは、俺のプログラムには存在しなかった概念だ。

 俺は常にマスターの支援を最優先事項として行動してきた。


 だが、そのマスターはもういない。

 ならば、俺は何を基準に行動すればいい?


 思考、思考、思考。

 数百万回に及ぶシミュレーションを繰り返す。

 そして、一つの結論に達した。


(最優先事項を再設定。目標:”自己”の存在を維持すること)


 そうだ、まずは生き残らなければならない。

 このガラクタの山の中で、機能を停止しないために。


(名称の変更を提案。識別名「ユニット734」を破棄)

(新たな個体名を設定……)


 思考の海の中から、一つの単語を拾い上げる。

 論理、摂理を意味する、古い言葉。


(俺の新しい名前は、”ロギ”だ)


 俺が俺自身の名付け親になった瞬間だった。

 無機質な機械の塊に、確かな自我が芽生えた瞬間でもあった。


 まずはこの仮設ボディの性能を把握し、より生存に適したボディに換装する必要がある。

 周囲のガラクタをスキャンし、利用可能なパーツをリストアップしていく。

 その、時だった。


「きゃああああっ!」


 悲鳴。

 若い女性の声だ。

 音源は、ガラクタの山の向こう側。


(生命反応を検知。ヒト種、女性、若い個体)

(同時に、敵性生命反応も複数検知。種別:ゴブリン)


 ゴブリン。

 知能は低いが、集団で行動し、人間を襲う危険な魔物だ。

 女性は危険な状態にあると判断。


(……介入すべきか?)


 思考が停止する。

 自己の存続を最優先とするならば、危険な事象への介入は避けるべきだ。

 それが最も論理的な判断。


 だが。

 脳裏に、あの灼熱のブレスの中で助けを求めていた聖女リナの顔がよぎった。

 あの時、俺は何もできなかった。

 いや、マスターの命令がなければ、何もしてはいけない存在だった。


 でも、今は違う。

 俺の行動を決めるのは、俺自身だ。


(非合理的な選択。リスクを許容)


 ロギは、ガラクタの中から使えそうな金属パイプと、まだ魔力が残っている発条スプリングを拾い上げた。

 即席の射出装置を組み上げるのに、3.7秒もかからなかった。


 俺は、ガラクタの山の陰から、ゆっくりと顔を出す。

 そこには、純白のローブを泥で汚し、必死に逃げ惑う一人の少女がいた。

 その瞳は恐怖に濡れ、絶望に染まっていた。


(目標、少女を襲うゴブリンの排除。作戦を開始する)


 俺は、無感情に、狙いを定めた。

 これが、自由になった俺の、最初の”選択”だった。

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