【第1話】エリス・ゼーゲン労働大臣
この作品はフィクションです。
実在の人物・団体・事件は、一切関係がありません。
また、このような政策を、
実施している国・自治体は、ありません。
労働局の執務室に、朝日が差し込む。
今日も、私は『王国』の未来のために働く。
「次の『研修生交流プログラム』の名簿です」
秘書官が差し出した書類には、農村の少女や孤児院の子どもたちの名前が並んでいた。
貧困にあえぐ彼女らに『学びの機会』を与えること。これ以上に尊い施策があるだろうか。
教育の一環として、彼女らは『海外研修生』として国外に出発する。
だが、国境を越えた先で待つのは、『熱心な雇用主』たちだ。
彼らは若い労働力を切望している。その期待に応えることこそ、私の責務である。
「……いい顔をしているわ」
希望に満ちた瞳、純粋な笑み。彼女らを乗せた荷馬車は、国境や港で『雇用主』たちに引き渡される。
帰りの荷馬車には、国外からの『研修生』……屈強な男たちが乗せられてくる。
『王国』は常に労働力不足。鉱山、農園、漁業……彼らの引き取り手はいくらでもいる。
最近では、アゲアシトル情報管理大臣や、コーアン警務大臣まで。いったい何を企んでいるのかしら……
『研修生』たちの引き渡しで受け取る貨幣は、私の机の引き出しを潤す。
だが、それを単なる私腹と呼ぶのは短絡だろう。私はその資金を地方領主に回し、制度を強固にしている。
結果、より多くの『研修生』が行き来し、『王国』は回るのだ。
……『研修生』たちに死亡者が出ることもある。過労、事故、あるいは雇用主の過激な指導によって。
だが、それは本人の弱さゆえの自己責任。
私は労働大臣として制度を守るため、監査報告には「病死」あるいは「帰国後の体調不良」と記す。
「娘さんは立派に働いております。今は文字の勉強にも励んでいるのですよ」
そう書かれた報告書を受け取れば、親は安心して涙を流す。
現実がどうであれ、家族に希望を与えることこそ、真の福祉ではないか。
……そもそも、こんな回りくどいやり方をしているのは、すべて、あの『魔女』のせいだ。
奴が制定した『強制労働と差別を廃止する法律』。通称『奴隷禁止法』。
あれによって私たち『奴隷利権』は大打撃を受けた。国家が奴隷市場に口を出すなど、まさに経済への冒涜だ。
だから私は、コーアン警務大臣をはじめとする『王族打倒派』と手を組んだ。
『魔女』……前女王は排除され、あとは法を改訂するだけ。今、国王ハーデスは我々の手の内にある。
私の『認識阻害』の権能が意識を蝕み、コーアンの薬が心を縛りつけている。薬が完成すれば、ハーデスのの一声で契約は書き換わる。
それまでは『奴隷』ではなく『研修生』と呼び、制度を維持するのが、私の責務。
……もっとも『研修生』たちの精神は『認識阻害』の権能によって、矯正されているのだけれどね。
私は、労働大臣エリス・ゼーゲン。
私は誇りをもって、『研修生』を送り出す。
◇ ◇ ◇
「……エリス・ゼーゲンだな?」
執務室に響いた声に振り返る。
そこには、きらびやかな衣装をまとった男が立っていた。
「どなたかしら。面会の予定はなかったはずよ?」
私は悟られぬよう、権能の力を練り上げる。
「貴様の悪行は、我の知るところとなった。国際的な『奴隷売買』に関与しているな?」
私の手は、すでにレイピアにかかっている。
『認識阻害』の権能だけではない。
私の得意とするのは『権能で強化された魔法』を剣にまとわせた突き。
「さあ、どうかしら?……確かに私は『研修生』を『売買』してるけど、ねっ!!」
抜き放たれた刃が、音より速く空を裂く。
壁をも貫く一閃!完璧な刺突!……しかし、
「ふははは、見事な突きだ。だが、『太陽神』の加護……すなわち『光速』の我には届かぬ!」
声は背後から響いた。
シュトッ!
次の瞬間、衝撃と共に、私の意識は闇へと沈んだ。
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