【第5話】親宰相派
※この作品はフィクションです。
※実在の人物・団体・事件は、一切関係がありません。
※また、このような政策を、実施している国・自治体は、ありません。
◇◇◇
『事業仕分け』は、完遂された。
王宮の闇は暴かれ、膿は出された……少なくとも、世間は、そう信じている。
夜の王宮は、静かだ。
俺は、王宮で一番高い塔に立ち、冷たい夜風を受けていた。
ここに来ると、不思議と肩の力が抜ける。
「……なんだ、あんたか」
背後から聞こえた足音に、振り返る。
そこにいたのは、クベーラ財務大臣だった。
「……お見事でした、アラカワ宰相」
俺は、わざとらしく肩をすくめる。
「何がだ? 不正は正され、『埋蔵金』は暴かれ、挙げ句の果てに、俺は報道機関で反省の弁まで述べさせられたんだぞ?」
だが、クベーラは微動だにせず、俺を真っ直ぐ見つめてくる。
「……それが、あなたの底が知れないところです」
その言葉に、思わず笑いそうになった。
クベーラは、俺の隣に立ち、同じ夜景を見下ろす。
「あなたは、議員たちに『賄賂』をばら撒いた……違いますか?」
俺は、思わず鼻で笑った。
「『賄賂』なんて、人聞きが悪い……ほんの『御礼』さ」
クベーラは、続きを促すような視線を向けてくるが、手の内を明かすつもりはない。
買収した議員たちへの指示は、ただ一つ。
『レーン・フォウを、励まし続けろ』
改革の戦乙女を支え、称え、称賛し続ける。
元来、人は善意で動くものだ。そこに『御礼』が出るのだ、やらない理由はない。
痺れを切らしたのか、クベーラは静かに息を吐いた。
「報道の仕方も、異常でした……アゲアシトル情報管理大臣に、指示を?」
「……くっくっく。使えるものは、何でも使うさ」
アゲアシトルには、レーンを持ち上げる報道を指示した。
英雄譚は繰り返され、民衆の期待は膨れ上がる。
俺自身も、時には頭を下げ、反省の弁を述べた。
改革は、敵を打ち倒す物語でなければならない。
……だが、その熱に浮かされ、人は大事なものを見失う。
しばしの沈黙の後、クベーラは口を開いた。
「そして……私には、仕分けリストを作らせた」
俺は、クベーラに向き直る。
「ああ。よくやってくれた……あのリストのおかげで“王国”は守られた」
クベーラには、あらかじめ“切っても痛くない予算”のリストを作らせた。
飾りとしては十分で、血も出る。だが、致命傷にはならない。
レーンは、薄々気づいていただろう。
だが、周囲の議員たちの熱と、国民の期待の前で、立ち止まって考えることはできなかった。
クベーラは、探るような目を向ける。
「……まだ、何か隠していますね?」
「さぁて、な」
俺は、わざと曖昧に笑う。
今回、買収した議員たちだ。
最初は、軽いお願い、気遣い程度。だが、やがて要求は膨らんでいく。
最後には『賄賂』を受け取った事実そのもので、縛る関係になっていく。
国民議会には、まだ政党はない。派閥や政治グループといった集団が、散見されるだけだ。
俺は、派閥も、思想も関係なく『賄賂』を、ばら撒いた。
政局が進み、与党と野党ができたとしても、超党派で俺の影響力は働く。
……親宰相派。
その“見えない与党”がある限り、議会制など、俺の悪政を阻めないのだ。
◇◇◇
夜風が、塔を吹き抜ける。
クベーラは何も言わず、立ち去ろうとしていた。
「……政治も勿論だが、行政もお金が掛かるからな」
その一言で、クベーラは珍しく笑った。
『埋蔵金』の在処。
それは帳簿上は、“積立金”などと記載されている。
しかし実際は、情報への謝礼、諜報費用、関係を保つための資金として使われる。
既に、支払ってしまった後なのだ。
「ふふふ……本当に宰相閣下は、人が悪い」
「褒め言葉として、受け取っておくよ」
『事業仕分け』は、“改革の成果”という名の『手土産』を議員たちに渡して、穏便に幕を閉じたのだった。




