【第1話】転生宰相アラカワ誕生!
この作品はフィクションです。
実在の人物・団体・事件は、一切関係がありません。
また、このような政策を、
実施している国・自治体は、ありません。
……私は、真面目な人間だった。
誰よりも勉強して、誰よりも成果を上げた。
上司に頭を下げ、理不尽な命令に耐えてきた。
失敗は末端のせい、成功しても評価されない。
そんな組織でも……希望を捨てなかった。
努力すれば、報われると信じていた。
誰かが、見てくれていると思っていた。
だから、耐えた。血を吐くような日々を……
◇ ◇ ◇
巨大な天井画が描かれた荘厳な大広間。その中心には玉座、そして左右には大臣たち。格式高い王前会議の真っ只中で……
「……ん?」
私……いや、俺は、目を覚ました。硬い椅子。絢爛な衣服。ずらりと並ぶ視線。
思考を巡らせ、理解する。馬鹿な男だ。
俺は、この異世界に転生……いや、転移?した。その際、この身体……天才宰相とまで呼ばれた男……
アラカワ・フォン・ノイエスフルス
の身体を乗っ取ったのだ!
くっくっく。わざわざ俺に乗っ取られるために、コイツはシコシコお勉強してきたのか。ご苦労なこった。
若き王が玉座に座り、隣には困り顔の大臣たち。俺の意識とは別に、この世界で“宰相アラカワ”として過ごしてきた記憶も、確かに存在していた。
軽く混乱しながらも、体は勝手に所作をとる。手のひらを掲げ、会議の続きを促すように頷いていた。
「……で、麦がなんだって?」
「はいっ!」
答えたのは、ひときわ小柄な農業大臣だった。顔は青ざめ、声は震えている。
「今年の麦は……夏の干ばつと秋の長雨の影響で、壊滅的です。作況指数は……おそらく80%を切るかと!」
大広間がどよめいた。
作況指数が80%を下回れば、それは“凶作”とされる。
「……ということは、農業保険から“見舞金”を支給せねばならん、ということか?」
宰相である俺の問いに、農業大臣はうなずく。
「はい。これは民が信じて支払い続けてきた大切な制度であります。王国としての信義にも関わる問題かと……」
「し、しかしっ……」
震える声が会議に割って入る。今度は財務大臣だ。どこか脂ぎった額に冷や汗を浮かべている。
「その基金は……先月の“視察報告会”での豪華な食事会と……あの、議員旅行で……消えてしまいまして……」
「「「……ざわ……ざわ……」」」
大臣たちの顔色が次々と蒼白になっていく。
「ま、まさか……このまま推移すれば、確実に支給義務が……!」
「もはや言い逃れなど……!」
(これは詰んでるな……だが!)
俺は、静かに立ち上がる。
「いいことを思いついた」
そして、ゆっくりと、しかし確信を持って皆に告げる。
「“作況指数”を……100%と公表しよう。そうすれば、“見舞金”は不要だろう?」
広間の空気が凍りつく。
しかし、その静寂は、農業大臣の絶叫でかき消される。
「で、ですが、現場を見れば、畑は明らかに枯れております!誰の目にも“凶作”ですぞ!?」
俺は、ニヤリと笑った。
「民は数字に弱い。いや、数字しか信じない。逆に言えば、数字をいじれば“真実”は上書きできるということだ」
広間の大臣たちは目を剥く……国王は、いつも通りボーっとしている。
「公的に“作況100%”と発表すれば、それ以上でも以下でもない。“見舞金の要件を満たさない”という形になる。下手に請求しようものなら、“嘘をついて金をせびる不届き者”として扱われるだろう?」
沈黙が支配する会議の場。
誰もが、その論理に反論できないでいた。
「……それは、法的には可能なのですか?」
ようやく口を開いた財務大臣が、不安げに尋ねた。
「はい」
答えたのは法務大臣。小さくため息をつきながら、恐る恐る答えた。
「『作況指数の数値は、政府の判断による』と、制度上はなっております……合法です」
その言葉に、俺は自信満々にうなずく。
「やはり俺って天才だな。世界広しといえど、“数字を書き換えて支出を回避する”なんて発想、俺以外にできるまい!」
こうして、転生宰相アラカワの“華麗なる悪政”が、幕を開けたのであった。
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※作況指数はわかりやすいように、パーセントで表現しています。90%(0.9)で平年より『著しい不良』です。