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星深奏界〜星に夢見る少女と異形の騎士は何を守る〜  作者: 赤っ恥のShazara
第一章《沈黙の森にて》
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エリス:第4話

エリス視点!

ルーゼンの傍らで静かに時を過ごすうちに、エリスのまどろみの奥に――

かすかな“音”が触れた。


それは、耳で聞くにはあまりに静かだった。

けれど確かに、彼女の感覚を揺らがせる“異質な気配”があった。


エリスは静かに目を開く。

夜の闇はより深く、森の奥では何かが、ひそやかに蠢いていた。


風は止み、虫の音すら遠のいている。

代わりに、木々の間を這うような“何か”が、空気をじわりと濁らせていた。


(……来たわね)


ルーゼンの呼吸は、まだ安定している。

けれど、これ以上の負担は――目覚めたばかりの彼には、あまりに重すぎる。


 


エリスはそっと身を起こし、名残惜しげに彼の顔を見つめた。

そして、肩に掛けていた白い外套を脱ぎ、そっと彼の身体にかける。


それはまるで、祈りのような仕草だった。


ふ、と微笑む。


「少しだけ、離れますね……ごめんなさい」


その囁きは、風に紛れ、彼の耳には届かない。


立ち上がると、夜気が肌を冷たく撫でた。

草を踏む足音を最小限に抑え、森の奥へと、音もなく歩を進めていく。


 


――咆哮。


空気が震える。

喉の奥から絞り出すような、理性を失った唸り。

飢えと怨嗟が絡み合う、濁った声。


木々の隙間――闇の向こうから姿を現したのは、かつて“誰か”だったもの。


かろうじて人の形を残しながら、骨格は歪み、皮膚は黒く爛れ、眼窩には光がない。

各所から漏れ出す瘴気が、地を這うように広がっていく。


――異形。


(人の魂が、闇に呑まれた……)


エリスは静かに微笑む。

だが、その瞳には一片の容赦もなかった。


「夜の静寂を、乱さないでください」


 


ルーゼンにかけた白い外套が、夜気に揺れていた。

まるで、彼女の代わりにそっと彼を守っているかのように。


エリスの足元に、淡く揺らぐ魔力の輪が浮かび上がる。

夜の大気を吸い、吐き出すように、彼女は右手を掲げた。


 


死黒(しこく)(つた)(ばく)


その瞬間、魔法陣から黒い蔦が伸び上がる。

棘を持つそれは地を這い、異形の足元へと一斉に絡みついた。


咆哮。のたうつ異形。

だが、蔦は切られることなく怨念を吸い上げるように締め上げ、肉を裂き、骨に食い込んでいく。


エリスの瞳が鋭くなる。


(早く終わらせる……奥にも、まだいる)


指先を払う。宙に浮かんだ魔力が鋭く尖り、漆黒の槍へと変化する。


 


闇槍(やみやり)穿(うがち)


黒槍が空を裂いた。

重力を無視するように飛翔した一撃は、異形の胸を正確に貫き、背から突き出る。


息が漏れ、体が跳ね――そして、崩れ落ちた。


 


けれど、森の空気は沈まない。

木立の奥から、さらに気配が這い寄ってくる。


(やっぱり……複数体)


ざわり、と。

闇が、波のように揺れる。

二体、三体……影の奥から、それらが這い出してくる。


 


エリスは地を蹴り、背後の樹へ一度跳び下がる。

その手はすでに、次の魔法を組み上げていた。


魔力の流れは滑らかで、揺るぎがない。

闇の力は、彼女の中で恐怖ではなく、“道具”として息づいていた。


 


影葬(えんそう)・結晶」


足元に広がる魔法陣から、無数の闇の結晶が浮かび上がる。

それらは宙を舞い、標的を捉えた瞬間、弾丸のように弾け飛んだ。


一体、また一体と、異形が黒煙を上げて倒れていく。


だが、彼女の表情は揺れない。

一歩ずつ、着実に間合いを詰め、次の構えへ移っていく。


この闇は、彼女にとって“隠すもの”でも“逃げるもの”でもない。

ただ、振るうべき刃。


夜を貫き、危機を払い、今を守るための力。


 


(まだ……眠っていてください。今だけは)


――森が、再び沈黙を取り戻していた。


瘴気を撒き散らしていた異形の影は、すでに跡形もなく消えている。

地面には、焦げた痕と、微かな血の気配だけが残された。


 


エリスは、その中心に立っていた。

わずかに肩を上下させながらも、表情は変わらない。


魔法を収束させ、周囲に残る魔力の揺れを払うと、ゆっくりと振り返った。


(……もう、大丈夫)


空気の流れが戻っていた。

風が草を撫で、虫たちの声が、遠くで微かに震えている。


 


エリスは静かに、草を撫でるような足取りで――彼の元へ戻っていく。


すでに魔力の気配は消えており、夜は再び、“ただの夜”としてそこにあった。


ルーゼンの傍らへ戻ると、白い外套が胸のあたりで、かすかに揺れていた。

その呼吸は深く穏やかで、変化はない。


 


エリスはしゃがみ込み、そっと外套の端を整える。

その指先には、戦いの痕跡など何ひとつ残っていなかった。


 


「……おやすみなさい、ルーゼン様」


小さな囁きが、夜気に吸い込まれていく。


 


そして彼女は、何もなかったかのように腰を下ろし、

いつもの姿勢で、彼の傍に身を預けた。


瞼を閉じる。

ほんの短い、静かな安らぎが戻ってくる。


 


闇の残滓は、すでに風に溶けていた。


ただ、星も月もない夜空の下――

その静寂の奥に、確かにひとつの“想い”が、静かに息をしていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます!


※この作品は【夜・深夜】更新しています。

ブックマーク・評価・ご感想など、何かしらの形で応援していただけると励みになります!


光と闇、信仰と裏切り。

崩れゆく世界。

これは、運命に抗う者たちの物語です。


救いは、ただ祈ることで手に入るのか。

それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。


どうか、あなたの心に何かが残りますように。


それではまた暇な時にでわでわ!

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