第3話:ルーゼン
ルーゼン視点
夢の中。
陽の光が、優しく差していた。
赤土の広場。まばらに草が生える、固く乾いた地面。
その真ん中で、二本の剣が鋼の音を響かせていた。
「もう一度だ。構え直せ。足が死んでいるぞ」
その声に、少年――ルーゼンは顔をしかめながらも、必死に両足を踏みしめる。
対峙するのは、黒銀の髪を束ねた壮年の剣士。
星霊教会・神星騎士団の中でも、“剣の鬼”と呼ばれた男――レオニクス。
「はい……!」
剣を握る手が震えていた。
腕に染み込む痛みは、稽古の証。
汗が額から頬を伝い、足元の赤土を濡らしていく。
けれど、その瞳にあるのはただひとつ。
――あの背中に追いつきたい。誰かを守れる剣士になりたい。
「構えは形じゃない。心を載せろ。斬ることより、折れないことを意識しろ」
レオニクスの声は冷たく、だがどこかあたたかかった。
その言葉に一切の妥協はなく、まっすぐに“信念”を叩き込んでくる。
ルーゼンは歯を食いしばり、前へ踏み出す。
剣を振る。その軌道は、教えられた理をなぞるもの――
だが。
「遅い」
レオニクスの刃が、流れるように動いた。
ルーゼンの剣は軽く受け流され、視界の外へあっさりと弾き飛ばされる。
「力だけで斬れると思うな。お前が相手にするのは“魔”と“絶望”だ。
人間の枠で足りると思うな」
その言葉に、胸の奥がひりついた。
だが、背を向けることは許されない。
「剣を握るなら、問え。お前の剣は、何のためにある」
「……俺は……!」
ルーゼンは倒れたまま、拳を握る。
「俺は、誰かを守るために……!」
その叫びに、レオニクスの動きが止まった。
「ならばその“誰か”が、剣の届かぬ場所にいたらどうする。
叫ぶだけか? 嘆くだけか?」
返す言葉が出ない。胸が締めつけられる。だが――それでも。
「それでも、お前は立ち上がるしかない。
たとえ何も守れなかったとしても、剣を捨てるな。自分を否定するな」
そう告げて、レオニクスは剣を差し出した。
「剣士の価値は、勝敗じゃない。
折れてなお握り続ける手こそが、“お前”という証になる」
差し出された剣の刃に、少年の顔が映る。
震え、泣きそうになりながらも、それでも諦めきれない表情。
ルーゼンは、震える手でその剣を握った。
重さは変わらないはずなのに、不思議と心の奥が満たされていく。
(俺は……この剣で……)
その瞬間。
「ルーゼン!」
誰かの声が、闇の中から響いた。
温かな感触が頬に触れ、意識がゆっくりと浮上していく。
耳を打つのは風の音。鼻をかすめる、湿った土の匂い。
目を開ける。
広がるのは、星のない空。
その向こうで、誰かの顔が、かすかに揺れていた。
「気づきましたか……ルーゼン様」
柔らかな声。
ルーゼンは、かすかに頷く。
手に残る、剣の感触。
胸に残る、あの問い。
【お前の剣は、誰のためにある?】
その言葉は、今もなお、胸の奥で静かに燻っていた。
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※この作品は【夜・深夜】更新しています。
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光と闇、信仰と裏切り。
崩れゆく世界。
これは、運命に抗う者たちの物語です。
救いは、ただ祈ることで手に入るのか。
それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。
どうか、あなたの心に何かが残りますように。
それではまた暇な時にでわでわ!