第28話:ルーゼン
ルーゼン視点
石畳の中心に落ちていた陶片は、どこか不自然だった。
かつて応えた祈りの残滓とは違う。光はなく、色も薄い。輪郭さえ曖昧で、指先を近づけると今にも空気に溶けてしまいそうな、脆い気配をまとっていた。
なのに、目が離せなかった。
何かがそこに“問いかけて”いた。
(……なぜ、名も与えられなかったのか?)
それは叫びではなかった。訴えですらなかった。
ただ静かに、確かに、胸の奥を打つ――原初の問いだった。
短く、簡潔で、けれどあまりにも痛烈に。
それは「存在」そのものに突き刺さる問いだった。
指先が、陶片に触れた。
瞬間――世界が拒絶を叫んだ。
「ッ……!」
空気が逆巻く。風などなかったはずの空間に、荒れた呼吸のような気流が走った。
服が揺れ、地が震える。
空間の密度が一気に変わる。穏やかだった街路の“律”が崩れる。
記憶として保存されていたはずの景色が、まるで夢の終わりのように、ひとつずつ曖昧に滲み、音もなくほどけていった。
「これは……祈りじゃない」
つぶやきが、自分の声であることにさえ遅れて気づいた。
「……いまも続いている“問い”だ」
終わったはずの祈りではない。
忘れ去られた記憶でもない。
今、この瞬間にもなお、誰かが投げかけている。
応えてもらえなかったまま、名前すら与えられなかった者が、どこかでなお問い続けている。
「ルーゼン様、街が……変質しています」
エリスの声が近くで落ち着いて響いた。詠唱は止まっていた。
振り返らなくてもわかる。彼女もまた、ただの“記録”の変調ではないことを感じ取っていた。
「見えてる。これは……崩壊じゃない」
足元の石畳が、ひとつ砕けた。
それは地面の破壊ではない。記憶そのものの“喪失”だった。
街の構造が、固定された像を保てなくなっている。
存在していたはずの建物が、気配だけを残して音もなく消えていく。
「街が、記憶を忘れている……?」
「いいえ。問いの方が、世界に“疑問”を向けているのです。自分がなぜ、ここに存在するのかを」
エリスの言葉に、はっとした。
祈りではない。託された願いですらない。
これは――“自問”だ。
世界に、他者に、そして自分に対してさえ突きつけられた、存在の根源への問い。
「……これは“問いの中心”だ」
見えた。
霧のように揺れる裂け目が、崩れかけた街並みの奥に浮かび上がっていた。
記憶の層の向こう――まだ誰の手にも触れられていない、最初の問い。
光でも影でもない。けれど、確かに脈を打っている。
名を与えられなかった“存在”が、名を持つ者に向かって問いかけている。
ここがその起点だ。
「……エリス」
「はい」
「行くぞ。“名前なき問い”が、俺たちを呼んでいる」
剣を握る。けれど、誰かを斬るためじゃない。
――応えるためだ。
崩れ落ちていく街の中心へ。
俺たちは、問いの最奥へと向かって歩き出す。
そしてその先で、名を持たぬ誰かの声に――“名を持つ者”として応えよう。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
※この作品は【夜・深夜】更新しています。
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光と闇、信仰と裏切り。
崩れゆく世界。
これは、運命に抗う者たちの物語です。
救いは、ただ祈ることで手に入るのか。
それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。
どうか、あなたの心に何かが残りますように。
それではまた暇な時にでわでわ!




