エリス:第25話
エリス視点
広場の中心を離れ、私たちは整いすぎた街路を進んでいた。
足音だけが響く。けれど、その音すら現実感に乏しい。風も匂いも、気配すらない。ただ均一に敷かれた石畳が、誰にも踏まれないまま、時間だけをなぞっていた。
私は、隣を歩くルーゼン様の背中に視線を向けた。
彼の掌からは、すでに陶片のぬくもりは消えている。それでも、あの“名もなき祈り”に触れた記憶だけは、彼の中に残っていた。足取りが語っている。
「ルーゼン様」
声に、迷いはなかった。
「この空間は、次の“選別”を準備しています。おそらく……“繰り返された記憶”が近いです」
「繰り返された、記憶……」
「はい。強く思い続けた記憶ほど、時に反復されることがあります。同じ情景が、何度も何度も、自分の中でこだまのように響いてしまうのです」
それは私自身が何度も見てきた現象だった。見て、感じて、そして――記録してきた。
けれど、この空間は観測だけで済む場所ではない。
やがて、行き止まりのように見える建物群にたどり着く。だがそれは壁ではなかった。円形に並んだ家々が、中心の“何か”を取り囲むように建っている。
その中央。苔に覆われた噴水跡地に、三つの陶片が落ちていた。
「……これは」
私は目を細め、陶片の配置に目を凝らした。
「……見てください。形が、全部ほとんど同じです。欠けた位置まで一致しています」
「……三度、壊された……?」
「いいえ。違います。同じ“記憶”が、念じ続けられた結果です。強すぎて、同じ形が保たれてしまった。繰り返しの痕跡です」
ルーゼン様が手を伸ばし、一片に触れる。
瞬間、空間が軋んだ。
――冷たい石壁。届かぬ呼び鈴。開かない扉。
三度繰り返された断絶。
その記憶に触れたとき、ルーゼン様の空気が変わる。怒りではない。痛み。そして、かすかな共鳴。
浮かび上がった三片の陶片が、重なるように宙で交錯し、空間に裂け目を生み出す。
「……裂け目が来るぞ」
「はい。今度は、記憶そのものが“形”をとって現れます」
裂け目が静かに開く。現れたのは――扉。木製の、だが人の形も獣の姿も持たぬ異様な存在。
その木目には、無数の“顔のようなもの”が刻まれていた。目も、口もない。ただ、苦悶と後悔、恐怖のような“感情の残滓”だけが、木目の奥に焼き付いている。
「……“入れなかった”誰かの祈り……か」
「……はい。“迎えられなかった”想いが、扉という形を取ったのです」
ぎぃ、と木が軋む音。
扉の奥から、影が現れる。幼い背、小さな手足。だが顔はない。目も、口も、何もない。ただ、“そこにいたかった”という感情の形跡だけが、そこにあった。
「……こんなものまで……」
「“反復”が長く続くと、自我は擦り切れていきます。……形だけが、残ってしまうのです」
影たちが、こちらへ歩いてくる。
私はルーゼン様を見つめる。彼は、迷いながらも剣を抜いた。その手に一瞬、躊躇が走る。
けれど、彼は剣を下ろさない。
「……すまない。それでも俺は――進む」
その言葉の裏にある祈り。私は、それを知っていた。
彼は“斬る”のではない。“応える”ために戦っているのだ。
斬られた影は、苦しむこともなく、静かに空へ還っていく。祈りの断片が、ようやく受け取られ、記憶されたのだ。
すべての影が消えたとき、異形の扉は静かに閉じた。
ひとつの陶片が、淡く光る。
「……終わったか」
「はい。あなたの刃が、“繰り返し”を断ち切りました」
私は微笑む。
空気が、わずかにやわらいでいた。光が、ほんの少しだけ差し込んだような感覚。
そして、私は気づく。
私の中にも、同じ記憶があった。
祈って、祈って、それでも届かなかった日々。
私には斬れない。それでも――見て、記憶することはできる。
だから私は、歩み続けるこの人を見つめ続ける。
私の記憶が、この人の記憶と重なるその時まで。
整いすぎていた街路に、微かな“揺らぎ”が生まれていた。
記憶が、再生されはじめている。
ならば私も、また記憶しよう。失われかけた祈りが、再び誰かの中に息を吹き返す、その瞬間を。
……私の記憶が、私だけのものではないと願いながら。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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光と闇、信仰と裏切り。
崩れゆく世界。
これは、運命に抗う者たちの物語です。
救いは、ただ祈ることで手に入るのか。
それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。
どうか、あなたの心に何かが残りますように。
それではまた暇な時にでわでわ!




