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星深奏界〜星に夢見る少女と異形の騎士は何を守る〜  作者: 赤っ恥のShazara
第一章《沈黙の森にて》
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第24話:ルーゼン

ルーゼン視点

裂け目が消えても、空気の重さは変わらなかった。

むしろ、それが閉じたことによって、さらに“次”が控えていることが、ひしひしと伝わってくる。


陶片の鼓動も、完全には収まっていない。

それは、まだこの空間に“語られていない何か”が残っていることを示していた。


俺とエリスは、言葉を交わさぬまま広場を横切った。

背後にまとわりつくような視線の感覚――見られている。それは錯覚ではなかった。


「……エリス。さっきの異形、あれも“記憶”だったのか?」


俺の問いに、彼女は一拍置いて静かに頷いた。


「はい。誰にも記されず、忘れられ、けれど……確かに在った記憶。

“見なかったこと”にされた存在です」


「つまり……誰かが、忘れたかったってことか」


「あるいは――忘れなければ、“ならなかった”もの、かもしれません」


その言葉に、俺は思わず足を止める。


俺にも、ある。

思い出したくない記憶。

言葉にもできず、ずっと心の奥に閉じ込めてきた、重たいもの。

けれど――そういう記憶ほど、不思議と消えない。


ふと、視線の先に一軒の家が見えた。

他と変わらぬ造りだ。だが、そこだけ――扉が、わずかに開いていた。


風はない。気配もない。

なのに、その家だけが“柔らかい空気”をまとっていた。

まるで、「触れていい」と、誰かに許されたような。


「……行ってみるか」


「ええ。そこに、“触れられるもの”があるかもしれません」


俺はゆっくりと手を伸ばし、扉を開いた。音はしない。

内側へ滑り込むように、重さなく扉が動く。


中は、空っぽだった。

家具も装飾もない。生活の匂いすら残っていない。

だが――床の中央に、ひとつの“陶片”が落ちていた。


「……これか」


陶片は、割れて欠けた形のまま、そこにぽつんと在った。

それは、ただの破片。だが、なぜか――強く引き寄せられる。


「ルーゼン様。拾って……みてください」


エリスの声に、俺は無言で頷き、ゆっくりとしゃがみ込む。

陶片に指先が触れた瞬間――


ほんのりとした熱が、掌へと伝わってきた。


その熱は、心臓の鼓動に似ていた。

ぬくもりというには儚く、それでいて確かに“生きて”いるような、そんな脈動。


そして次の瞬間――視界が、にじんだ。


 


——崩れた石壁。夜明け前の空。誰かの祈り声。


焼け焦げた紙。

剥がれた壁の奥に、幼い手が描いた絵。

破れた布。ちいさな影。

そして、かすれた声が、祈っていた。


「どうか……ここにいたことを、忘れないで」


その“声”に、名前はなかった。

姿も、顔も、すべてが曖昧だった。


だが、感情だけがひどく鮮明だった。


忘れ去られたくない。

誰にも思い出されなくても、それでも、自分が“ここにいた”という事実だけは、誰かに届いていてほしい――

そんな、痛いほど真っ直ぐな想い。


それは、俺の記憶ではない。

けれど、確かに“どこかで感じたことのある喪失”だった。


「……っ」


呼吸が乱れ、陶片を思わず手放しそうになる。

意識が、強引に現実へと引き戻された。

足元が揺らぎ、一歩、ふらついた。


「大丈夫ですか、ルーゼン様」


エリスの手が、すぐそばで支えてくれていた。


「ああ……たぶん。ちょっと混乱しただけだ」


手の中の陶片は、もう脈打っていなかった。

ただの破片に戻っている。けれど――


その余韻だけは、まだ掌の奥に残っていた。


「これも……誰かの記憶なのか?」


「はい。“名もなき断片”です。記録にも、語られた歴史にも残らなかった……それでも、消えなかった“想い”」


「こんなものが……この街の中に、まだあるのか」


「可能性は高いです。“思い出されたくないもの”ほど、記憶の外に浮上しやすい。

今この空間に生じている“揺らぎ”は、その現れなのです」


もう一度、陶片を見つめる。


砕け、名もなく、力もないただの破片。

けれど、その中に――確かに、“祈り”が宿っていた。


「……守ろうとしてたんだな、誰かが」


「ええ。そして、おそらく……叶わなかった」


その言葉に、エリスのまなざしがわずかに沈んだ。

陶片を見つめる彼女の横顔に、一瞬だけ、かすかな悲しみが浮かんだ気がした。


俺は目を伏せる。胸の奥が、じん、と疼いた。


——かつて、自分は何を守ろうとしていたのか。

何を、失ったのか。

それすら、今では曖昧になりつつある気がする。


……俺は、本当に“守れた”のか?


問いは、まだ心の奥でくすぶっていた。


「……行こう。まだ、終わってない気がする」


「はい。問いは……まだ始まったばかりです」


扉をあとにし、広場へと歩き出す。


静けさを取り戻したはずの街路の中で、陶片が残したぬくもりだけが、まだ、掌の奥にかすかに残っていた。


記憶の外に咲いた、名もなき祈りに触れながら――

俺たちは、なお歩き続けていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます!


※この作品は【夜・深夜】更新しています。

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光と闇、信仰と裏切り。

崩れゆく世界。

これは、運命に抗う者たちの物語です。


救いは、ただ祈ることで手に入るのか。

それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。


どうか、あなたの心に何かが残りますように。


それではまた暇な時にでわでわ!

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