第2話:ルーゼン
ルーゼン視点
焚き火が、静かに崩れ落ちた。
赤い残光が炭へと変わり、やがて夜気に呑まれていく。
ルーゼンは背を向けたまま、後ろに漂うエリスの気配を感じ取っていた。
彼女は何も言わず、ただ隣を歩いている。いつものように、どこか無邪気な笑みを浮かべながら。
(……本当に、何も感じていないのか)
そう思った瞬間、自分がその答えを知りたがっていることに気づく。
だが、それ以上考えるのはやめた。知る必要も、踏み込む意味も――今の自分にはない。
ただ前を向いて、歩き続ける。それだけが、いま自分にできるすべてだった。
だが――
(……足が、重い)
ふいに、右手の指先に痺れるような感覚が走る。
さきほど使った闇魔法。その名残が、まだ体内を巡っているのだろうか。
「……」
言葉は吐かず、左手で右手首を押さえる。
魔力の流れが、わずかに乱れていた。身体の奥で、何かが微かにズレている――そんな違和感。
骨の内側をじわじわと蝕むような鈍い疼き。
まるで、何かが這い回っているかのような、不快な“重さ”だった。
星天魔法を失って以降、何度となく闇魔法に頼ってきた。
理由は単純だ。それしか“残されていなかった”から。
だが、使うたびに自分の輪郭が曖昧になっていく。
己という存在が、少しずつ“別のもの”へと変質していく感覚。
それは、戦いの後ほど顕著に現れる。
戦意が静まった後、ようやく気づくのだ。
(……あの時と、同じだ)
王国が崩れた、あの夜。
仲間が次々に消え、民の叫びがこだまし、家々が炎に呑まれていく。
剣が届かず、守れなかった命が、無数に積み重なっていったあの光景。
あの時、自分の中から“光”は消えた。そして、残ったのは――
(守れなかった……すべてを)
ふと、脳裏に過去の声がよみがえる。
『お前にしか、この力は使えないんだ』
かつての師――レオニクスが、剣を握らせてくれたあの瞬間。
神星騎士として叩き込まれた教義。剣を握る意味。守る者としての覚悟。
今では、そのすべてが、ただの空虚な理想に思えてしまう。
ルーゼンは立ち止まり、星の見えない空を見上げた。
本来なら、そこには星があるはずだった。
けれど、自らの星痕は沈黙し、天もまた応えようとはしない。
「……まだ、遠いな」
かすかな声で呟いた、その直後――背後から問いが返ってきた。
「何がですか?」
「……全部だ」
その答えは、すぐに夜風に掻き消された。
その瞬間、かすかな“声”が聞こえた気がした。
言葉にはならない、低く蠢くような音の波。
耳ではなく、心の奥へと触れてくる、得体の知れない囁き。
(……またか)
以前にも感じたことがある。
闇魔法を極限まで使い込んだあと、何度か訪れた感覚。
自分でも、闇でもない“何か”が、内側で目を覚まそうとしている――そんな気配。
エリスは何も言わず、ただ一歩遅れて歩調を合わせる。
ルーゼンはふと、彼女に視線を向けた。
いつもと変わらない、柔らかな笑み。その奥にある本心は、やはり見えない。
(けれど……なぜだろうな)
その“変わらなさ”が、今はほんのわずかに、安心を与えていた。
やがて、森を抜けた先に、なだらかな丘が現れる。
月明かりはなく、それでも虫の声と冷たい風が、二人の足元に寄り添うように吹き抜けていく。
それはまるで、世界がまだ彼を見捨てていないかのようだった。
けれど、彼はまだ知らなかった。
その足元に落ちる影が、静かに、そして確実に広がっていることを。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
※この作品は【夜・深夜】更新しています。
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光と闇、信仰と裏切り。
崩れゆく世界。
これは、運命に抗う者たちの物語です。
救いは、ただ祈ることで手に入るのか。
それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。
どうか、あなたの心に何かが残りますように。
それではまた暇な時にでわでわ!