第19話:ルーゼン
ルーゼン視点
陶片を拾い上げたエリスの背を見送り、俺たちはふたたび歩き出した。
踏みしめるたび、石畳がわずかに沈む。硬いはずの地面が、まるで深く呼吸するように、足取りをゆっくりと吸い込んでいく感覚があった。
街の奥へ続く路地は、かつて巡回で何度も通った道筋に“似ていた”。壁の装飾、石の並び、通りの幅――すべてがどこか既視感を抱かせる。だが、それは“同じ”ではない。装飾は過剰に、窓の高さは低く、扉の形状は記憶より古びている。
(……俺は、この街を知っているはずだった)
だが目の前に広がる風景に、確信を持てない。
懐かしさと、得体の知れない違和感が交互に押し寄せてくる。
似て非なるもの。俺の記憶が誤っているのか、それとも――
(ここは、誰かの記憶に“似せられた”場所なのか……)
「……静かすぎますね」
隣でエリスが、ぽつりとこぼす。
その声には、僅かな緊張が含まれていた。俺は黙って頷く。
あの頃の街には、人の気配があった。朝を告げる鐘の音、行き交う商人の声、剣戟の遠鳴り。
だが今、耳に届くのは風の音だけだ。
世界から、“生”が抜け落ちている。
やがて、広場が見えてきた。
円形の開けた場所。俺の記憶にある“中央広場”とよく似た構造。
だがそこに、かつてあった市場の屋台も、警備用の見張り台もなかった。
代わりに、静かな石台と、点々と続く足跡――誰かが歩いた痕跡だけが残されている。
「……これ、見覚えありますか?」
エリスが訊ねる。俺は小さく首を振った。
「見覚えはある。……だが、こんな配置じゃなかった」
言いながら、自分でもわかっていた。
記憶と噛み合わない“何か”が、確かにここにはある。
まるで――誰かが思い描いた“理想の街”を、記憶の上に模写したような奇妙な整合。
もしくは、俺の記憶の方こそが、最初から“歪められたもの”だったのか。
(……ならば、俺が守っていたのは……何だった?)
そのときだった。
“カァン”
澄んだ金属音が、空間を裂くように響いた。
遠くからではない。今この場に、染み込むように届いた。
俺の視線が、反射的に広場の奥を捉える。
そこに――いた。
暗がりの中から、鎧に身を包んだ影のような騎士たちが歩み出る。
三体。背筋を伸ばし、何も言わず、ただ“こちら”を見ていた。
鎧の意匠は、確かにリシニア近衛のものに酷似していた。だが、違う。
肩章の形、装飾の簡素さ、鞘の位置、胸元の紋章――細部がすべて微妙に異なる。
あたかも、誰かが“記憶”をもとに組み上げた模造品のように。
「……ルーゼン様……」
エリスの声が、静かに届く。
俺は無意識に剣の柄に手をかけていた。だが――抜けない。
動作が止まったわけではない。だが、抜く必要があると感じなかった。
あの騎士たちの視線に、刃は届かない。
それが“戦い”の類ではないと、本能が告げていた。
エリスの目がこちらを向く。言葉はない。けれど、それだけで理解できる。
やがて、影の騎士たちは霧のように溶けていく。
崩れることなく、音もなく――ただ静かに、輪郭を失っていった。
「……足跡」
エリスの呟きに、俺も視線を落とす。
石畳の上に、確かに残されていた。踏み締められた三対の靴跡。
彼らは“幻”ではなかった。
この街に、“今”立っていたという証拠が、そこにあった。
「……幻ではない……のか?」
漏れた問いに、エリスは小さく目を伏せて言う。
「この街は、思い出ではなく――過去そのものかもしれません」
その言葉に、返す言葉は浮かばなかった。
否定できなかった。むしろ、その方が自然に思えた。
この整いすぎた街並み。静かすぎる空気。人の営みを失った風景。
“過去”という言葉が、最も近いと感じてしまう。
再び、風が吹いた。
今度は、背中を押すような流れだった。
俺はゆっくりと前を向く。
通りの先には、さらに続く街の奥。
この道の先にあるものが何かは、まだわからない。
けれど――
「……俺たちが踏み入れたのは、誰の記憶なんだ」
その問いを、静かに口にした。
答えは、まだ見えない。
だが、歩く先にそれがあるなら――俺は進む。
足元の石畳に、ふたつの影が並ぶ。
“思い出されることのなかった風景”の奥へと、俺たちは歩みを進めた。
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光と闇、信仰と裏切り。
崩れゆく世界。
これは、運命に抗う者たちの物語です。
救いは、ただ祈ることで手に入るのか。
それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。
どうか、あなたの心に何かが残りますように。
それではまた暇な時にでわでわ!




