エリス:第15話
エリス視点
足を踏み出す。崖沿いの道を迂回しながら進んでいく。足元の草は、もうまばらだった。ところどころ、剥き出しになった土が硬く乾いていて、靴の裏に冷えた感触がじんわり残る。
見上げると、遠くの木々の影が揺れていた。その揺れ方が、不自然で、どこか輪郭を持たない。形が結ばれる前に、風に溶けていくようだった。
私は、ふと立ち止まって言葉を漏らした。
「……景色が、揺れているように見えます」
感覚のずれ。それを言葉にしたとき、すぐに隣から返事があった。
「見えてるものが、正しいとは限らない。ここはもう、普通の地形じゃない」
ルーゼンの声は静かだったが、その響きに私の感覚も落ち着きを取り戻す。
風に乗って届いた草の音が、視界よりも遅れて耳に入ってくる。視覚と聴覚のタイミングが、少しずつずれている。まるで、この場所の“時間”だけが、少し違っているような錯覚。
(ここは……何かと何かの境目)
言葉にするには曖昧すぎる。でも、そういう“違い”が確かにある。皮膚の下で、何かがずっとざわめいていた。
少し歩いた先で、地面が滑らかに沈んでいる場所があった。
踏み崩れたというよりも、何かが通り抜けたような形。
ルーゼンが立ち止まり、呟く。
「通った痕……?」
私も足を止め、同じように地面を見つめる。
「人、ですか?」
「いや。人の歩幅じゃない。……這いずるか、滑るか。形を持たない何かが通った跡だ」
その言葉が、静かに胸の内側に沈んでいく。
形を持たないものが、現実に痕跡を残している。
見えていないだけで、この空間には、私たちの常識では測れない“何か”が確かに存在している――そう確信してしまうほどに。
私は無意識に、外套の留め具に触れていた。自分の呼吸を整えるように、感覚をひとつの点に集めて、揺れないように保とうとする。
「ルーゼン様」
「どうした」
「私たち、今……どこを歩いてるんでしょうか」
その問いには、自分でも答えを求めていたわけじゃなかった。ただ、いまのこの感覚が“異常”だと、誰かと共有しておきたかった。
「――現実の端か、あるいはそのすぐ手前だ」
静かに返されたその言葉に、私はそっと目を伏せて、そして前を見た。
空気が重い。でも、胸の奥は妙にすっきりしていた。
「……じゃあ、もっと先に行きましょう」
返事はなかった。でも、それでよかった。
ルーゼンが並んで歩き出す気配を感じる。
その背に吹きつけた風が、外套の裾を揺らしていた。
二人分の影が草の上に伸びていく。
風に煽られても、その影がかすんでも――今の私は、もう迷っていなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
基本的に2話ずつ視点交代でやっていこうかなと思ってます。
※この作品は【夜・深夜】更新しています。
ブックマーク・評価・ご感想など、何かしらの形で応援していただけると励みになります!
光と闇、信仰と裏切り。
崩れゆく世界。
これは、運命に抗う者たちの物語です。
救いは、ただ祈ることで手に入るのか。
それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。
どうか、あなたの心に何かが残りますように。
それではまた暇な時にでわでわ!




