エリス:第1話
エリス視点です!
夜の森は、静かだった。
地に染み込んだ血の匂い。空気に焼き付いた魔力の残滓。
ほんの数刻前、この場所で交わされた戦いの余韻が、夜風にまぎれて漂っている。
エリスは一本の倒木に腰を下ろし、背筋を伸ばして整った呼吸を繰り返していた。
視線の先には、焚き火の明かりに照らされた男の背――
ルーゼン。
星の力を持ちながら、今はその調律を失った男。
さきほどの戦いで彼が振るったのは、かつて拒んだはずの“闇の魔法”。
星霊の輝きを封じたまま、ただ無言で敵を斬り捨てていくその姿は、あまりにも静かで、そしてどこか脆く見えた。
(……そのままで、いい)
星を失い、闇に近づいていく。
その姿を見届けられるなら、それだけでいい。
彼が一線を越え、何かを失っていくその瞬間を――エリスは傍で見ていたかった。
焚き火の炎が、ゆらりと揺れる。
だが、次の瞬間――その火が不自然なほどに歪み、一瞬だけ、光が鈍く濁った。
「……」
エリスは静かに目を閉じた。
わずかに、自身の内側から“気配”が滲み出たのを感じ取る。
闇よりも深い気配。
それは、意図せず漏れ出すもの。
制御しようとすればするほど滲み出し、無意識のうちに世界の輪郭を歪ませてしまう。
“器”である自分の本質を、エリスは誰より理解していた。
ルーゼンが、小さく振り返る。
「……今、何かが揺れたな」
「気のせいじゃないですか? 夜風が、ちょっと冷たくなっただけですよ」
エリスは穏やかに微笑んだ。
けれどその内側では、“もっと深く滲んでほしい”という静かな欲望が、波紋のように広がっていた。
彼はすぐに視線を焚き火へ戻した。
だが、そのささやかな違和感は、確かに彼の記憶に残ったはずだ。
(まだ微細な気配……でも、気づかれた)
ルーゼンの中の“変化”に、エリスの中の闇が呼応し始めている。
それは単なる魔力ではない。力に宿る意思――感情の振動。
それが共鳴し始めたとき、世界は少しずつ、その形を変えていく。
「……エリス、お前は何者なんだ」
焚き火の向こうから、ルーゼンが問いかける。
その声に、警戒よりもわずかな“探る温度”が混じっていた。
「私は、ただの従者です。あなたの隣にいることを選んだ、普通の女の子ですよ」
「普通の女の子は、闇の戦場で笑っていられない」
「じゃあ、“ちょっと変わった女の子”ってことで」
エリスはくすりと笑い、そっと枝を火へくべた。
ぱちり、と小さな音を立てて、炎が揺れた。
「あの……ルーゼン様」
「なんだ」
「もし、世界中があなたの敵になったら……それでも戦いますか?」
「……妙なことを訊くな」
「仮の話です。すべてがあなたを拒んでも、それでもあなたは、進みますか?」
ルーゼンは答えなかった。
焚き火を見つめるその目に、かすかな揺らぎが浮かぶ。
エリスは、その変化を見逃さない。
(そう……その感情。その揺れが、私の……)
自分の言葉が、彼の中に何かを生んでいる。
それが罪でも怒りでも、悲しみでもいい。
どんな感情でも――彼を“境界の先”へと導くものならば。
「……眠れ。もう遅い」
「あなたも眠らないんでしょう? なら、少しだけ黙って、隣にいさせてください」
エリスはそっと彼の隣へと身を寄せた。
わずかに距離を保ちながらも、“隣にいる”という位置だけは崩さずに。
その夜、星は姿を見せなかった。
雲に隠れ、月さえも沈黙していた。
けれど、その暗闇の中で――
ルーゼンの傍にいたのは、星を待つ者ではない。
彼が闇とどう向き合うのかを、静かに“観測する”者だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
第1話:〇〇がルーゼン、〇〇:第1話がエリス
※この作品は【夜・深夜】更新しています。
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光と闇、信仰と裏切り。
崩れゆく世界。
これは、運命に抗う者たちの物語です。
救いは、ただ祈ることで手に入るのか。
それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。
どうか、あなたの心に何かが残りますように。
それではまた暇な時にでわでわ!