第12話:ルーゼン・エリス
ルーゼン・エリス視点
焚き火の灯りが、夜の草原を淡く照らしていた。
遠く、巡礼者たちは結界の内側で身を休めている。交代で見張りを立てているらしく、気配は一定に保たれていた。
俺たちは風を避けた低地に腰を下ろし、火を挟んで黙っていた。静かな時間だった。
不意に、エリスが口を開く。
「……南に向かうんですよね?」
「ああ」
短く答えると、彼女は少しだけ視線を寄せてきた。その瞳には探るような色が浮かんでいたが、疑いはなかった。
「“あの場所”へ、ですか?」
しばらく焚き火の揺らぎを見つめてから、俺は言った。
「……リシニア」
ぱち、と火が枝を弾いた。
「あの場所に導かれている気がするんだ。無視できない……そんな感覚がある」
語尾に、わずかな迷いがにじんだ。だが、嘘ではなかった。
理屈で語れる理由があるわけじゃない。ただ、進まなければならない気がしている。それだけだった。
エリスは頷いた。
「意外でした。ルーゼン様は、もっとはっきりした理由があって動く人かと」
「……そんなに整った人間じゃないさ」
少しの間を置いてから、俺は続けた。
「ついて来なくてもいい。今なら巡礼者たちに頼めば、安全な場所まで送ってくれる」
返ってきたのは、即答だった。
「何言ってるんですか。今さら、置いていかれるつもりも、離れるつもりもありません」
その言葉に、俺は火から目を離さず、小さく息を吐いた。
……それでも、もう十分だった。
夜は静かに過ぎていった。火は小さくなり、星の光が空ににじむ。
草のさざめきが遠くに響き、巡礼者たちの結界の内からは、ほとんど気配も届かない。
長く続いた沈黙の後、エリスがぽつりと呟いた。
「……明日には、あの人たちとも別れですね」
「そうなるだろうな」
「……少し、寂しいです」
その言葉には、不思議と明るさがあった。
俺は何も返さなかったが、その気持ちはわかっていた。
* * *
朝。
草には露が降りていた。冷えた空気のなか、焚き火の名残だけが、かすかに温かさを残している。
巡礼者たちはすでに起きていて、それぞれの荷をまとめていた。無言のまま、しかし整った動きだった。
俺は外套を羽織り、腰の剣の位置を確かめる。
エリスが鞄を背負って隣に立った。
「準備、できてます」
「ああ。行こうか」
視線だけを巡らせる。少し離れた丘の上――ネヴィルがこちらへ軽く頷いた。
それだけの合図だったが、言葉は必要なかった。
俺たちは巡礼者たちに背を向け、草原の南へと歩き出す。
風が吹く。陽が昇り始め、光が地平から伸びてきた。
草の香りが朝露と混じり、足元に踏みしめる感触が、これから始まる一日を確かに刻んでいく。
エリスが並んで歩きながら、ぽつりと呟いた。
「……進むって、こういうことなんですね」
「そうだな。正解も間違いもわからない。ただ、選んで、歩くしかない」
その言葉に、彼女がわずかに微笑んだ。
「なら、きっと間違ってませんね。今、ルーゼン様と一緒にいることも」
俺は視線をそらしたまま、小さく応じた。
「……そうかもな」
俺たちは、まだ見ぬ場所へ向かって進む。
歩幅を合わせて、ただ、進んでいく。
そしてその足音だけが、今は確かに、未来へと続いていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回はちょっと短めです。
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光と闇、信仰と裏切り。
崩れゆく世界。
これは、運命に抗う者たちの物語です。
救いは、ただ祈ることで手に入るのか。
それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。
どうか、あなたの心に何かが残りますように。
それではまた暇な時にでわでわ!




