{星霊教会の巡礼者たちー撤退}
星霊教会視点!
「撤退!」
ネヴィルの命令が走る。
それは、決して敗北を意味するものではなかった。
だが、この空間――“光を拒絶する領域”において、彼らが果たすべき目的は変わった。
ここで“勝つ”ことではなく、
“生き延びて報せる”こと。闇がこの地に宿ったという、揺るぎない事実を。
「全員、私の位置まで下がれ! 陣形は崩すな!」
サヴィンが即座に光魔法を展開し、仲間たちを包むように防御の光膜を張る。
歪みかけた空間の中で、その光はかろうじて魔物の爪を弾いた。
ジニアは攻撃魔法を中断し、代わりに回復の光を味方へと送る。
その光は弱まりつつも、痛みと疲労を一時的に和らげるには十分だった。
セフィナは斜めに包囲網を斬り裂き、自ら囮となって退路を切り開く。
「っ……来なさいよ……!」
白銀の刃が黒い肉を裂く。
だが返ってくるのは血ではなく、瘴気の噴出だった。
霧が衣に染みこむたび、視界が鈍く曇っていく。
皮膚が冷え、魔力の通りが明らかに鈍くなる。
「毒じゃない……魔法そのものを腐食させてる……!」
セフィナが震える息で叫ぶ。
「エドマス!」
「任せろ!」
エドマスが横から踏み込み、巨大な槍の一撃で魔物と瘴気をまとめて吹き飛ばす。
「ジニア、中心を保て! 光魔法を切らすな!」
「はい――っ!」
ジニアが震える指先を前に翳し、淡い光の輪を走らせる。
歪んだ空間の縁をなぞるように、かろうじて護りの光膜が結ばれていく――
まるで崩れる世界に、指で線を引くかのように。
そのとき――
礼拝堂の奥に佇んでいた“異形”の影が、動いた。
否、“揺らいだ”。
次の瞬間、空間全体が軋む。
まるで礼拝堂そのものが、異形の“心臓”になったかのように。
重い闇の波動が脈を打ち、空気が鼓動のように震えた。
「くっ……っ、意識が……!」
ジニアの脚がぐらりと揺れる。
目の奥に、焼きつくような感覚――
(“視られてる”……?)
目を持たぬ“異形”の奥底から、確かに意志が突き刺さってくる。
感情でも敵意でもない。ただ、純粋な“観測”を目的とするまなざし。
(このままじゃ、意識ごと呑まれる……!)
だが、背後から伸びた手がジニアの腕を掴んだ。
「下がれ!」
サヴィンの声とともに、剣戟の音が交差し、退路が開かれる。
その中心で、ネヴィルはなおも冷静に礼拝堂の奥を見つめていた。
「……あれは、“壊れていない”。いや――“壊れきれなかった”がゆえに、なお意志を宿したまま――光を拒絶している」
人の形を模しながら、人ではない“何か”。
その歪んだ顔の奥に、確かに“目”があった。目のない、意志の穴――
それは、かつて星霊教会に属した者たちの目に、どこか似ていた。
信仰と秩序と希望――
それらすべてを知ったうえで、なお拒んだ、静かな否定の目。
(……あれは、“自ら選んで”闇に沈んだ者だ)
背筋をかすかに冷たいものが走った。
「全員、撤退完了位置へ。追撃が来るぞ!」
サヴィンの声が響く。
振り返れば、魔物たちの包囲が再び狭まりつつあった。
異形の命令が、はっきりと“追撃”へと切り替わったのだ。
獣たちの脚が地を蹴り、瓦礫の音が爆ぜる――
その刹那、
「っ……っ!」
セフィナが地を蹴り、魔物の顎を横薙ぎに斬り飛ばす。
瘴気が爆ぜた空間に、ジニアが光魔法を再展開する。
歪んだ空間に一本の道筋を描くように、護りの光が走る。
「今です!」
ネヴィルの声が重なった。
「――走れ!」
五人の身体が、一斉に影の縁から跳び出した。
斜陽が残る草原の縁へ――ようやく辿り着く。
空気が変わる。闇の濃度が、わずかに薄れる。
だが、それでも彼らは止まらなかった。
そのまま丘の影へと、駆け抜けていく。
*
礼拝堂の奥、崩れかけた祭壇の影。
その“目を持たぬもの”は、ひとつも動かずに、彼らの背を見つめ続けていた。
やがて村は静寂に沈む――
けれど、それは“癒し”ではなく、“準備”の沈黙。
嵐の前に、世界そのものが呼吸を潜めるかのような、恐ろしい静けさだった。
*
夜が明けるころ、巡礼者たちは仮の野営地を離れ、廃墟からさらに遠ざかるように南東の丘陵地帯を歩いていた。
足取りは慎重だったが、誰一人として迷いはなかった。
闇の残滓はまだ風に漂っている――それでも、彼らは前へ進むしかなかった。
「……この辺りまで来れば、ようやく加護が戻ってきた気がします」
ジニアが自らの星霊印に手を重ねながら言った。
光の流れが、微かに感じ取れる。あの異形の結界の支配から、ようやく解き放たれた証だった。
「それだけ、あの村が異常だったということだ」
ネヴィルは、周囲の気配を細かく探るように歩きながら、落ち着いた声で応じる。
「魔物の統率。領域の構築。光の拒絶。どれも自然に発生する現象じゃない。あれは……“意思が作った空間”だ」
「でも……なぜ、私たちを“狩らなかった”のでしょうか」
セフィナの問いに、すぐに答える者はいなかった。
「異形は、意志を持っていた。ならば、ただの敵対ではない可能性もある。……接触を“見計らっていた”とも取れる」
サヴィンが理性的に言う。
「いずれにしても、帰還後の報告は重要になるな。あれは、光の加護では対処しきれない対象だ」
ネヴィルが頷いた、ちょうどそのときだった。
丘の斜面を越えた先――草の背が低くなった開けた地形の向こうに、微かな人影が見えた。
「……誰かがいる」
エドマスが低く告げ、全員が即座に警戒態勢を取る。
その気配は、魔でも異形でもなかった。
だが確かに、“ただの旅人”でもなかった。
風が吹く。草が揺れ、人影がゆっくりと輪郭を現す。
「この感覚……まさか、あの二人か」
サヴィンが言った。
「草原で出会った、黒衣の剣士と金髪の少女……」
ジニアの声が揺れる。遠い記憶が呼び起こされるように。
ネヴィルの目が細くなる。
「……偶然、ではあるまい」
彼は静かに言った。
「この方角に向かっていたのが、我々だけではなかったということ。だが、廃村に立ち寄る予定ではなかったはずだ」
「道を逸れた先に、また交わる……これも、導きのうちかしら」
セフィナが息を吐くように笑った。だが、その声音にはどこか緊張が混じっていた。
「我々と同じく、“何か”に導かれてここに来た可能性は高い。……会っておく必要があるだろう」
ネヴィルがそう言った、その瞬間――
遠く、草の向こうで人影がゆるやかにこちらを振り返った。
風が止んだ。
空気がわずかに張り詰める。
――そこに立っていたのは、黒衣の男と、金髪の少女だった。
名も、素性も正確にはわからない。
だが、その眼差しの奥には、確かに交錯する“何か”が存在していた。
まるで、ここに至る道筋を――すべて観測されていたかのように。
彼らは偶然に出会ったのではない。
必然が、草原の一点に、二つの軌跡を重ね合わせたのだ。
廃墟の闇が問いを残したのならば、
この出会いは、その答えの始まりとなるだろう。
――再会の兆しが、静かに、しかし確かに始まりを告げていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
※この作品は【夜・深夜】更新しています。
ブックマーク・評価・ご感想など、何かしらの形で応援していただけると励みになります!
光と闇、信仰と裏切り。
崩れゆく世界。
これは、運命に抗う者たちの物語です。
救いは、ただ祈ることで手に入るのか。
それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。
どうか、あなたの心に何かが残りますように。




