第1話:ルーゼン
ルーゼン視点
夜の風が、森の奥深くから不穏な気配を運んでくる。
かつて王国があった地の果て。星の光すら届かぬ深い森の中を、一人の男が歩いていた。
重い足取りが、枯れ葉の絨毯に淡い音を残す。王国が滅んだ今、小道も消え、獣さえも寄りつかぬ森。
そこにあるのは、沈黙と、遠い昔に死に絶えたものの匂いだけだった。
男――ルーゼンはふと立ち止まり、右手の甲を見下ろした。
そこに淡く浮かぶのは、“星痕”。かつて彼が持っていた、星天魔法の調律者としての力の痕跡だ。
だが今、その光は沈黙し、何も応えようとはしない。
「……まだ目を覚ます気はないか」
呟いた声は、夜の空気に溶けていった。
その力は、過去と共に砕け散ったのだ。
その時だった。森の奥から、草を踏みしめる微かな音が聞こえた。だがそれは確かに、こちらへと近づいてくる。
ルーゼンは即座に左腰へ手を伸ばし、黒鉄の剣を抜き放つ。
刃が夜を裂き、光なき冷たい輝きを放った。
姿を現したのは、人の形をかろうじて留めた異形――
かつて人間だった者が、絶望と闇に呑まれて変じた“残骸”。
「影刃・朧裂き」
影が蠢き、地面から黒い刃が伸びて異形を両断する。
黒い血が焼けるように空気を歪ませ、背後の木々にまで焦げ跡を残した。
間を置かず、さらに二体、三体と、森の奥から這い出してくる。
ルーゼンは静かに息を吐き、剣を構えたまま、左手に再び漆黒の魔力を集める。
それは星の力ではない。
彼の内に眠る、“闇”――かつて拒んだはずの力。
だが今の彼は、それを躊躇なく振るう。
「……これが、今の俺に残されたものか」
剣を振るい、闇の魔力を刃に重ねる。
黒き閃きが異形の首を断ち、次の一体もまた一閃で切り裂かれた。
正確無比で、隙のない動き。
だがその表情に激情はなく、ただ空虚な意志だけが宿っていた。
遠く、木陰からその様子を見つめる者がいた。
白い外套に身を包んだ少女――エリス。
彼女は微笑みを浮かべながら、その戦いを静かに見守っていた。
その瞳の奥には、かすかな熱と、奇妙な期待が潜んでいる。
(今はまだ……けれど、きっといつか)
ルーゼンが感情に呑まれ、星でも闇でもない、“己自身”の奥底から何かを引き出す瞬間。
彼女は、その時を心から望んでいた。
最後の一体を斬り伏せたとき、ルーゼンはようやく剣を下ろし、肩で息をついた。
闇の魔力が静かに霧散し、ただ風の音が森に戻ってくる。
「……終わりか」
その背後から、軽やかな足音が近づいてきた。
「やっぱり、あなたは強いですね。星がなくても、怖いくらいに」
エリスだった。無傷のまま、軽やかに笑いながら歩み寄ってくる。
「……いつからいた」
「さっき追いつきました。援護なんて、要らないと思って」
「……一人で十分なはずだったがな」
「でも、独りじゃきっと疲れますよ。誰かが隣にいた方が……静かすぎないし」
その言葉に、ルーゼンはわずかに視線を逸らした。
「お前がなぜ俺に付きまとうのか、まだわからん」
「私も、自分でもよく分かりません。でも――」
エリスは笑みを浮かべ、ほんの少し目を伏せた。
「あなたといると、なぜか落ち着くんです」
その言葉には、どこか本音のような響きと、何かを隠す気配があった。
ルーゼンはそれ以上は何も言わず、再び歩き出す。
その背を、エリスが静かに追いかけていく。
その夜、星は姿を見せなかった。
雲に覆われ、月さえも沈黙していた。
だが、深い闇の中で。
彼はその闇と共に歩みを進め、彼女はその隣に、ただ静かに寄り添っていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
ふードキドキっ
※この作品は【夜・深夜】更新しています。
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光と闇、信仰と裏切り。
崩れゆく世界。
これは、運命に抗う者たちの物語です。
救いは、ただ祈ることで手に入るのか。
それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。
どうか、あなたの心に何かが残りますように。
それではまた暇な時にでわでわ!