{星霊教会の巡礼者たちー戦闘}
星霊教会視点!
「来るぞ!」
エドマスの声と同時に、最初の一体が跳躍した。
空中でしなやかに弧を描くその身には、獣らしい荒々しさはなかった。
狙いは正確で、軌道は冷酷。まるで訓練された兵のような動きだった。
「――斬る!」
セフィナが即座に反応する。
踏み込み、抜刀、そして流れるような斬撃が魔物の頸を断ち切った。
黒い霧が噴き出し、空間がさらに濁る。
「……血じゃない。霧を放って……周囲の魔力を濁らせてる」
ジニアが思わず後退する。
「闇封じの魔法を……起動が遅れる! 魔法が発動しない!」
その報告に、ネヴィルが小さく唸る。
「この空間そのものが“光”を拒絶している。光魔法を歪める波長が、既にこの村を満たしているのだ」
「じゃあ……このまま魔法なしで戦うってこと!?」
セフィナが苛立ちをあらわにし、再び迫る魔物を蹴り返す。
「いや――完全に封じられているわけではない。“中心”に近づくほど、拒絶の影響が強くなる」
サヴィンが冷静に周囲を観察しながら言った。
「あの礼拝堂……あそこが結界の起点。異形がいる場所だ」
次々に迫る魔物たち。
だが、その動きには明らかな“群れ”としての統制があった。
個体での突撃はなく、前後左右の間合いを保ちながら、五人を囲い込んでくる。
まるで――誰かに“操られて”いるかのように。
「……完全に、狙われてる」
セフィナが口元だけで笑う。
「こいつら、“何か”に命令されてる。本能じゃない。これは――意志による戦術」
ネヴィルが低く言った。
「魔物はただの獣だ。だが異形は……かつて人であったがゆえに、記憶を持ち、秩序を持ち、戦術を理解する。……それが、“理を踏み外した知性”だ」
まさにその通りだった。
魔物たちは五人を、村の中央――礼拝堂前の広場へと追い詰めていく。
五人は互いに背を合わせ、陣を組んだ。
目の前には、牙を剥いた魔物の群れ。
そのさらに奥、崩れかけた礼拝堂の扉の影――
そこには、まだ形を見せぬ“異形”の気配が、確かに潜んでいた。
朽ち果てた石の祭壇の向こう、礼拝堂の奥で、ぬらりと“影”が揺れる。
最初、それはただの濃い闇にしか見えなかった。
だが空気が軋むほどの重圧とともに、何かが“形”を取り始める。
人に似た輪郭。だが、決して“人”ではない。
左右で本数の異なる手足、地面を這うように伸びる指先、背から垂れた瘴気の帯は礼拝堂の壁を這っていた。
そして、その“顔”には――何もなかった。
目も鼻も口も溶け落ち、ただ“黒い窪み”だけがぽっかりと空いていた。
「……あれが、異形」
ジニアの喉がかすれる。
「形を保っていない……魂が崩れきっている……でも、消えていない。“存在”している……!」
「っ……ッ!」
セフィナが咄嗟に後ろへ跳ぶ。
次の瞬間――風が、一気に凍りついた。
異形の影から、奔流のように“圧”が広がる。
地を這い、空気を歪め、光を引き裂く不可視の波が、礼拝堂全体を覆っていった。
「……空間が、塗り替えられていく」
サヴィンが呟いた声は、酷く冷たかった。
「魔物たちの気配も変質しています。まるで……さっきまでとは“別物”みたいに」
事実、その通りだった。
魔物の瞳は紅から黒へと染まり、体表の瘴気は濃度を増していた。
背が伸び、脚が三本となり、肩から棘を生やす個体も出始めている。
“進化”ではない――“汚染”だった。
「異形が……魔物を媒介に、“領域”を拡げている……!」
ネヴィルの声が凍りつく。
「これは、通常の闇ではない。加護そのものを“拒む”存在が、中心に座している……!」
ジニアが震える手で魔法を展開しようとする――が。
「魔法が……通らない……」
「私も同じよ……!」
セフィナが叫ぶ。
「魔法の起点が……空間に“弾かれて”る!」
エドマスが槍を構え、突撃してきた魔物を受け止める。
だがその肉体は、重く、硬かった。まるで鉛でできた獣のように。
槍の穂先が瘴気の皮膜に突き刺さる――しかし、貫通しない。
逆に瘴気が刃を包み込み、跳ね返してくる。
「ちっ……!」
反動でエドマスの腕が痺れた。
「完全に空間を支配してる……これじゃ、魔法が届く前に潰される!」
セフィナの叫びと同時に、サヴィンの光の結界魔法が展開――しかし、瞬時に弾け飛ぶ。
光が生まれ、広がり、そして掻き消えるまでが一瞬。
まるでこの空間そのものが、光魔法を拒んでいるかのようだった。
「この空間は、“光を否定する”構造に変わっている。自然発生の闇ではない。明確な“干渉”が起きている……!」
ネヴィルが低く言い放つ。
その瞬間、異形の“顔のない顔”が、ぬるりとこちらを向いた。
何も映らぬはずの“黒い窪み”――
だが、そこには確かに“視られている”感覚があった。
ネヴィルは息を止める。
(……理解している。こちらの力、布陣、弱点――すべてを)
それは獣ではない。
“意志”で判断し、“選択”している。
異形は動かない。だが、魔物たちが次の指令を受けたように、再び動き出す。
魔物たちは新たな陣形を組み直し、包囲の輪をさらに狭めてきた。
「完全に指揮されてる……!」
セフィナが低く呻く。
「これはもう、魔物との戦いじゃない。異形との“戦術戦”よ!」
「見ろ。この動き……異形の指揮が完全に通ってる。こいつら、もう獣じゃねえ」
サヴィンの冷静な声が、緊張の中に一層の重みを与える。
「……ネヴィル司祭、判断を」
エドマスが血塗れの槍を構え直し、視線だけで問う。
ネヴィルは冷静に頷いた。
「次の波で限界だ。――撤退の準備を」
「「「了解!」」」「はい!」
三人の光誓騎士と副司祭が、即座に後退を開始する。
だが――
異形が礼拝堂の奥で、わずかに身体を揺らした。
次の波が来る。もっと強い、“何か”が。
「早く離脱しろ……!」
ネヴィルが叫ぶ。
崩れた柱の影から、また新たな魔物が姿を現す。
だがそれは、すでに“魔物”ではなかった。
異形の意志に完全に呑まれ、もはや“器”と化した存在。
星霊教会の加護――“光”が、まったく通じなかった。
「……あれは、“光の否定”そのものだ……!」
ジニアが、蒼白な顔で呟いた。
こうして――撤退戦が始まる。
異形の領域に飲み込まれかけた巡礼者たちが、
わずかな余白を縫い、脱出を試みる――
最後まで読んでいただきありがとうございます!
※この作品は【夜・深夜】更新しています。
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光と闇、信仰と裏切り。
崩れゆく世界。
これは、運命に抗う者たちの物語です。
救いは、ただ祈ることで手に入るのか。
それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。
どうか、あなたの心に何かが残りますように。
それではまた暇な時にでわでわ!