{星霊教会の巡礼者たちー遭遇}
星霊教会視点
陽が傾き始めた頃、五人の巡礼者たちは、一つの“終わった村”へと辿り着いた。
地図にかろうじて名を残すその地は、いまや誰一人住む者のいない廃墟だった。
屋根の崩れた民家、歪んだままの柵、苔むした祈祷の石柱。かつて“村”だったという痕跡が、辛うじてそこに留まっているだけで、かつての生活の匂いは、すでに風に散って久しい。
それなのに――空気は、異様に重かった。
「……ここが“報告のあった場所”か」
ネヴィル司祭が静かに口を開いた。
肩にかかる法衣の裾が、微かな風に揺れている。だがその視線の先、村の中心に残された小さな礼拝堂だけは、時の流れに抗うように、なおその場に建ち続けていた。
「建物の損壊はひどいですが……礼拝堂の構造は、まだ保たれているように見えます」
サヴィンが周囲の様子を素早く確認しながら言う。
手には杖ではなく、防御結界用の小型石具を握っていた。
「妙ね……誰もいないのに、息苦しいくらい空気が淀んでる」
セフィナが低く呟き、腰の剣に自然と手が伸びる。
その鋭敏な感覚は、気のせいではなかった。
「魔力……それも、ただの残滓じゃない。ずっとここに留まってる。……染みついてるって感じ」
「……魔物が潜んでるのでしょうか」
ジニアが控えめに問いかける。
声は冷静だが、背中には明らかな緊張が走っていた。
「いや」
短く答えたのは、エドマスだった。
足元の石を蹴りながら、廃墟全体を睨むように見渡す。
「魔物だけじゃねえ。……何かが、こっちを見てやがる。気配に“意志”が混じってやがる」
その一言に、場の空気が一段沈んだ。
ネヴィルは礼拝堂の方角を見つめたまま、静かに呟く。
「……異形の可能性があるな。魔物が群れとしてここに集まる理由は、それ以外に考えにくい」
「異形って……あれですよね? かつて人間だった存在……」
ジニアがためらいがちに続ける。
「見た目は似てますけど、魔物とは何が違うんです?」
「魔物は、生まれながらに魔力を持つ獣。欲に従って動くだけ。でも、異形は違う。……人間だった者が、魂を喰われ、もう戻れなくなった存在よ」
セフィナの声が淡々と響く。
「中でも“意志”を持つ異形は特に厄介。前にも教えたでしょ?」
「そう。“本能”じゃなく、“命令”で動くやつらだ」
サヴィンが補足する。その声にも、警戒の色がにじんでいた。
「魔物なら突っ込んでくるだけ。動きが読める。だが異形の指揮が入った奴らは違う。ただの獣じゃない。“意志の手足”になる。……まるで軍隊だ」
「……やはり、“何か”が棲みついているか」
ネヴィルがそう呟いた、そのとき――
礼拝堂の奥。瓦礫の影から、影のような“何か”が、音もなく這い出してきた。
それはまだ、姿を成しきってはいなかった。
瘴気に包まれ、ねじれ、骨と肉の境界が曖昧な存在。
五人の巡礼者は、無言のまま構えを取る。
戦いはまだ始まっていない。だが、“殺気”はすでに立ち上っていた。
それはただの魔物ではない。
“命令”を受けた意志ある魔物――
廃墟の静寂が、その一歩ごとに軋み始める。
まるで村そのものが息を潜めるように、風が止んだ。
その気配は、侵入者たちの動きを見極めているかのように、空間全体を覆い始めていた。
そして――ぬるりと。
最初の“それ”が、姿を現した。
崩れた民家の影。
腐りかけた壁の隙間から這い出したのは、狼のような四肢を持ち、背に棘を生やした異形。
皮膚ではなく、瘴気そのものが形をとったような体表。裂けた口からは黒い粘液が垂れ、紅い光をその瞳に宿していた。
「……あれが、魔物?」
ジニアが呟くように問いかける。
「“あれ”は魔物だ。でも、普通の個体じゃない」
サヴィンが一歩踏み出し、小さく首を横に振った。
「動きに“統率”がある。まるで、命令を待ってるみたいだ」
エドマスが槍の石突を、地にトンと打ちつけた。
「この手の魔物は、本来、空腹や衝動で動くもんだ。……なのに、俺たちの動きを測ってやがる」
まさにその通りだった。
魔物たちは、すぐには襲ってこなかった。
代わりに、廃墟の至るところ――屋根の上、井戸の傍、礼拝堂の裏――から次々と這い出してくる。
見えない指示に従っているかのように、それぞれの個体が静かに、確実に陣形を整え始めていた。
「……誘導されている。私たちは“中心”に追い込まれているんです」
ジニアが、震える声で言う。
「罠……というより、導線か」
ネヴィルが目を細める。
「この空間を“整えて”いた者がいる。つまり――」
「“異形”がいる、ってことよね」
セフィナが言い切った、ちょうどその時だった。
――ギィィ。
ひときわ長い、低い咆哮。
礼拝堂の奥から、濁った空気を震わせるように響いた。
それは音ではなかった。
意志の波動――鈍く重たい“音圧”が、空間を圧し潰すように広がっていく。
そして、魔物たちが――一斉に動き出した。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
※この作品は【夜・深夜】更新しています。
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光と闇、信仰と裏切り。
崩れゆく世界。
これは、運命に抗う者たちの物語です。
救いは、ただ祈ることで手に入るのか。
それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。
どうか、あなたの心に何かが残りますように。
それではまた暇な時にでわでわ!