{星霊教会の巡礼者たち}
星霊教会視点
風が草原を渡っていく。
背後に残した二人の旅人の姿は、やがて丘の陰に隠れていった。
「……随分と、緊張していたな」
最初に口を開いたのは、光誓騎士のエドマスだった。
無骨な槍を肩に担ぎ、年長の騎士らしく、常に前方に注意を払いながら言葉を漏らす。
「それはこちらの話じゃない? あの男の目……見ただけで背筋が冷えたもの」
並ぶように歩くセフィナが応じた。
小柄な体に不釣り合いな鋭さを持つ彼女は、先ほどから落ち着かない様子で、周囲の空気を見張っている。
「でも……話してみたら、穏やかな人たちでしたよ。とくに、あの女の人は」
言ったのは、福司祭のジニア。
まだ若いが、聖職者としての責任を背負う彼は、振り返ることなく小さく続けた。
「少し、拍子抜けしたかもしれません」
その声に、セフィナがわずかに口元を緩める。
「ふうん……やけに“よく見てた”みたいだけど?」
「……え?」
「その女の人。あなた、じっと見てたじゃない。顔、ちょっと赤くなってた気もするし」
「ち、違いますってセフィナさん、そういう意味じゃ……!」
慌てて両手を振るジニアに、サヴィンがくすりと笑う。
「若いっていうのは、いいものだな。ジニア、気にすることはない。誰かに心を惹かれるのは、星霊の教えに反することじゃない。自然なことだよ」
「いや、それでもですね……!」
ジニアの声が裏返り気味になったのを見て、セフィナが肩を揺らした。
「まあ、そういうことにしておくけど……あの女の人、あれでただの旅人には見えなかったわ。何か、得体の知れない感じがあったのよ」
「俺も、そう思った」
低く言ったのはエドマスだった。
槍の柄をゆるく握りながら、まっすぐ前を見据えている。
「そして、男の方も……同じく、な」
「……ネヴィル司祭」
セフィナが少しだけ口調を改める。
視線の先、先頭を歩く司祭ネヴィルは、穏やかな表情を崩さぬまま、微笑を浮かべていた。
「顔を見た時、心当たりがあったのですね?」
ネヴィルはすぐに答えず、歩を緩めてから静かに口を開く。
「星霊教会の記録にある騎士の面影を、わずかに重ねただけだ。確証はない……ただ、目に宿るものが印象に残っていてね」
その言葉に、三人の騎士はそれぞれ黙した。
ネヴィルの語る言葉は重くも軽くもなく、ただ静かに真実だけを伝えていた。
「……でも、彼は剣を抜かなかった。こちらにも手を出さなかった」
サヴィンが言う。
「ならば我々も、それに応えるべきでしょう。疑いを投げかけるのではなく、見守る姿勢を保つことが、光に仕える者の礼儀です」
「その通りです」
ネヴィルが静かに頷いた。
「光は、ただ照らすだけのものではない。時に、静かに見守るものでもある。押しつければ、それは闇と変わらぬ」
しばしの沈黙が流れる。
やがて、サヴィンがぽつりと呟いた。
「……空気は穏やかだったのに、不思議と心がざわつく。あれは……何だったんだろうな」
その声音には、言葉にしきれぬ余韻が滲んでいた。
「……うん。私も、似たような感覚を覚えました」
ジニアもまた、やわらかく頷く。
視線は遠くを見つめながらも、そこには僅かな温もりが宿っていた。
ネヴィルはそれ以上語らず、手にしていた巡礼記をそっと閉じた。
その仕草には、祈りに似た静謐さがあった。
「……行こう。我らの導きは、まだ続いている」
「「「了解」」」
三人の光誓騎士は、静かに応じた。
そして、巡礼者たちは再び歩き出す。
陽の角度は少しずつ高くなり、風が草を撫でる。
光の名のもとに――
彼らの道は、静かに、確かに伸びていった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
※この作品は【夜・深夜】更新しています。
ブックマーク・評価・ご感想など、何かしらの形で応援していただけると励みになります!
光と闇、信仰と裏切り。
崩れゆく世界。
これは、運命に抗う者たちの物語です。
救いは、ただ祈ることで手に入るのか。
それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。
どうか、あなたの心に何かが残りますように。
それではまた暇な時にでわでわ!