第5話:ルーゼン
ルーゼン視点!
ルーゼンは目を閉じたまま、胸の奥に残る“問い”の残響を感じていた。
あの声は、まだ耳の奥に残っている。
――お前の剣は、誰のためにある?――
(……ああ。あれは、夢じゃなかった)
ただの幻ではなかった。
レオニクスの声は、確かに自分の意志の奥深くに踏み込んできていた。
ゆっくりと、息を吸う。
冷えた空気が肺に満ち、そのひんやりとした感覚が“生きている”という実感を連れてくる。
腕を空に伸ばし、手のひらを握って、開く。
それを、もう一度。
「……立てそうだな」
小さく呟いて、腕に力を込める。
身体を起こすと、全身に鈍い痛みが走った。
だが、意識ははっきりしている。むしろその鈍さこそ、“戻ってきた感覚”として心に沁みた。
その動きに気づいたのか、すぐそばから声がかかる。
「無理をしないでください。……目覚めてすぐに立ち上がるのは、あまり感心しませんよ」
エリスだった。
彼の様子をじっと見守っていたのだろう。静かに微笑んだまま、隣に座っている。
「……迷惑を……世話になった」
「ふふ、感謝されるとは思ってもみなかった。珍しいですね」
言葉は軽やかだが、瞳の奥にあるものは、それとは違っていた。
おそらく、彼が目を覚ますまで――いや、再び立ち上がれるかを、ずっと黙って見届けていたのだろう。
少し間を置いて、ルーゼンは森の先に見える草原に視線を向けた。
「……夢を見ていた」
「夢、ですか?」
「……師の声だった。ずいぶん昔に死んだはずの、レオニクスの」
言葉の端に、わずかな苦みが滲んだ。
「問いかけられた。“お前の剣は、誰のためにある”と……」
エリスは少しだけ目を細めたが、すぐに表情を和らげる。
「答えは、見つかりましたか?」
「いや……まだだ。ただ……」
傍らの剣に手を伸ばし、その柄に触れる。
指先に伝わる冷たさは、先ほどよりもわずかに和らいでいた。
「……少なくとも、歩き出すことはできる」
「それで、十分ですよ。今の貴方には」
そう言って、エリスはゆっくりとルーゼンに掛けていた白い外套を手に取り、
立ち上がると、それを風に揺らしながら優雅に身に纏った。
空はわずかに色を変え始めていた。
夜の名残が残る東の空に、淡い青の気配が滲んでいる。
「……行こう。あと少しで、森を抜けられる」
「はい。……お供します、ルーゼン様」
二人は並んで歩き出す。
森の中に差し込む光はまだ弱く、木々の間には夜の冷気がわずかに残っていた。
それでも、虫の声が戻り、草の香りが風に混じっていた。
ルーゼンの足取りは、まだ完全ではない。
けれど、それでも確かに――前へ進んでいる。
問いは、まだ胸の奥にある。
それが答えに変わる日が来るのか、自分にもわからない。
けれど、たとえ見えなくても。
それでも剣を手にし、歩き出す。
それが、今の自分にできる――唯一のことだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
※この作品は【夜・深夜】更新しています。
ブックマーク・評価・ご感想など、何かしらの形で応援していただけると励みになります!
光と闇、信仰と裏切り。
崩れゆく世界。
これは、運命に抗う者たちの物語です。
救いは、ただ祈ることで手に入るのか。
それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。
どうか、あなたの心に何かが残りますように。
それではまた暇な時にでわでわ!