エリス:第5話
エリス視点!
それは、ほんの微かな音だった。
草がわずかに擦れる気配。
風でも獣でもない、誰よりも近くにいる“彼”だけが生む音。
エリスは、まぶたの奥で静かに待っていた。
闇が薄らいでいく空の下で、彼の呼吸が変わるのを、ずっと見届けていた。
(……目を覚ますのね)
心の奥で、そっと呟く。
その瞬間だけは、まるで何かを待っていたかのように、胸の奥がわずかに脈打った。
ルーゼンのまぶたが震え、視線が宙を彷徨う。
エリスは、黙ってその様子を見つめていた。
(夢……でも見ていたの?)
彼の眉がわずかに寄る。
何かを探すようなその瞳に、答えはなかった。
それでも彼は、剣に触れた。
鞘に眠るそれに、静かに、慎重に――まるで、もう一度“確かめる”ように。
(触れるのね。……まだ、手放していない)
それが、エリスには嬉しかった。
けれど、彼にそれを悟られるわけにはいかない。
そっと右手を伸ばし、彼の肩に触れる。
「動かないでください」
静かな声で言う。
表情は柔らかく、声色はいつもの従者のもの。
「こんな簡単に倒れてしまうなんて……ふふ、やっぱり、貴方は“まだ”人間ですね」
からかうように言葉を継ぎながらも、その瞳は彼の奥を探っていた。
――彼がまだ、自分の剣に答えを見出せていないことを、エリスは知っていた。
ルーゼンは黙って視線を逸らし、唇をわずかに動かす。
「……悪かったな」
それだけ。
それ以上は、何も言わない。
彼の中にまだ“言葉”がないことを、エリスは受け止めていた。
(いいえ。そうやって謝ってくれるなら、それだけで……)
けれど、その想いは呑み込む。
彼女は“従者”。今はまだ、それ以上を見せるべきではない。
「無理をしないでくださいね。……貴方が動けなくなってしまうと、私、どうしていいか分からなくなっちゃいますから」
冗談めかしながら、微笑を添える。
けれど、その言葉の奥には、ほんのわずかに“本音”が滲んでいた。
彼の右手が、そっと剣の柄に触れている。
その指先のわずかな震えを、彼自身がどれだけ自覚しているのかは分からない。
(それでも……あなたは、手を伸ばした)
闇の中に置かれた剣に。
まだ確かな答えを持たないままでも。
エリスは目を伏せた。
何も言わず、ただその傍に、静かに座っている。
彼が再び剣を握る、その日まで。
問いに答える、その時まで。
自分の役目は、まだ終わらない。
(いつか、貴方の剣が……誰かのためになるのなら)
(その時こそ、本当に目を覚ましたと――私は、思えるのかもしれない)
夜が、静かに明けていく。
けれど、その光はまだ届かない。
それでも、彼の鼓動は――夜明け前の静けさの中で、確かに続いていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
※この作品は【夜・深夜】更新しています。
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光と闇、信仰と裏切り。
崩れゆく世界。
これは、運命に抗う者たちの物語です。
救いは、ただ祈ることで手に入るのか。
それとも――誰かの絶望の上に築かれるものなのか。
どうか、あなたの心に何かが残りますように。
それではまた暇な時にでわでわ!