プロローグ
初めての投稿です!
星々は、深い闇の中で燈火のように、静かに瞬いていた。
月はその光を隠し、漆黒の空にひっそりと浮かんでいる。
大地には今もなお、神々の息吹を宿す古の遺跡が点在し、ときおりその隙間から、古代の魔法が微かな光を放つ。
この世界は、幾重にも重なる歴史と物語を抱え、そして今、そのすべてを闇が覆い尽くそうとしていた。
遥か昔、数千年の時を遡った時代――この世界には、二つの強大な魔法体系が存在していた。
それが「光魔法」と「闇魔法」である。
互いに対立しながらも、時には手を取り合い、世界の均衡を支えてきた。
しかし、両者の間に横たわる断絶は深く、やがて争いは終わりなき戦乱へと変わった。
光魔法は、遥かな天の女神から授けられた清らかな力。
人を癒し、生命を守る祝福として、多くの民に信仰されていた。
だが、力を欲した者たちは次第に女神の意志から外れ、その魂を摩耗させていく。
輝きはやがて濁り、光は光でなくなる。
一方、闇魔法は古の邪神より与えられた禁忌の力。
その力は無限の可能性を秘めていたが、代償もまた計り知れなかった。
闇に魅入られた者たちはやがて自我を失い、破滅へと堕ちていく。
それは、使うたびに世界を蝕む、犠牲の魔法だった。
光と闇、その衝突は世代を越えて続き、世界に癒えぬ傷を残した。
王国は崩れ、神殿は朽ち、民は生きる術を失った。
終わりの見えない闇の時代――人々は、ただ生き延びることだけを選び続けた。
だが――
その均衡の狭間に、新たな力が芽吹きはじめる。
それが「星天魔法」。
星々の光を根源とし、女神でも邪神でもない“宇宙の理”に属する、未知の魔法体系。
それは神秘に満ち、同時に使い手に過酷な試練を課すとされていた。
星天魔法は、光にも闇にも属さない。
だからこそ、どちらにも引き寄せられる危うさを孕んでいる。
この力を持つ者が現れたとき、世界の均衡は大きく揺らぐだろう。
そしてもうひとつ。
「深淵魔法」――それは闇魔法に似て、しかし決して同じではない存在。
深淵に触れし者は、闇そのものを体現し、やがてその奥底へと呑まれていく。
だがその深淵は、ただの破滅ではない。
それは、世界の最果てに通じる“扉”でもある。
一度踏み入れれば、もはや戻ることは叶わない。
扉が開かれたとき、あらゆる秩序は崩壊し、真の“終わり”が訪れる――と、語り継がれている。
終わることのない争いと、果てしない混沌。
世界は今、静かに疲弊していた。
それでもなお、完全には潰えていない“希望”が、遠いどこかでかすかに灯っている。
その灯火を求めて、誰かが歩き出す。
やがてそれがいくつもの運命と交錯し、深い夜を照らす光となるのか、それともさらなる闇を呼ぶのか――
それは、まだ誰にも分からない。
暗い森の中、深き海の底、荒れ果てた廃墟の中。
そして、星と深淵が交わるとされる、世界の臍のような場所にて――
光と闇。星と深淵。
そのすべてが交わる“時”が、いま、静かに近づいている。
⸻
夜の帳が降りると、空は不気味なほど赤く染まり、冷たい風が死者の囁きを運んできた。
荒れ果てた王国の跡地――かつて栄華を誇ったその場所には、今や瓦礫と朽ちた廃墟だけが残る。
その瓦礫を踏みしめながら、一人の男が静かに立っていた。
彼の周囲には、ただ“死んだ世界”が広がっている。
かつての賑わいを知る者はもういない。
目を閉じれば、遠く響く悲鳴と、燃え盛る火の匂いが記憶の底から蘇る。
あの時、すべては崩れ去った。
王国の光は闇に呑まれ、命を捧げた者たちの魂は、この荒れた大地に縛られたままだ。
「なぜ、あの日……俺は……」
呟きは風にさらわれ、空に沈む星たちは何も語らない。
ただ冷たく光り続けるだけだった。
無数の星が空を覆っている。
その光は凛として美しく――けれど、どこまでも冷ややかだった。
そこには、ぬくもりも救いもない。
彼はただ、立ち尽くしていた。
こみ上げる感情もなく、静かに息を吐き、夜空を見上げる。
星々の瞬きの奥に、自分の過去が霞のように揺らめいて見えた。
だが、それに手を伸ばすことはできない。
記憶に触れることさえ、罰のように思えた。
「……いや」
男は小さく首を振り、歩き出そうとする。
だがそのとき、背後で風が唸る。
荒れた地面の片隅に、焼け焦げた残骸が散らばっていた。
その中に、忘れていた記憶の断片が埋もれているような気がして、彼は再び立ち止まる。
「……あと少しだけ、思い出させてくれ」
目を閉じ、深く息を吸う。
すると、過去の光景が一瞬にして脳裏に広がった。
すべてが失われた、あの日――
だが、その記憶に呑まれることはなかった。
そこには、冷徹なまなざしで過去を見つめる、“今”の自分がいた。
そして目を開けると、足元に――
まるで星のかけらのような、微かな光が揺れていた。
それは静かに、儚く。
やがて風に溶けるように、消えていった。
⸻
深い闇が森を包み込み、静かな足音だけがその中を進んでいく。
木々の隙間から月明かりが漏れ、幻想的な光が地面を淡く照らす。
その中を、一人の女が歩いていた。
足元を見ることもなく、無言のまま、ただ前へと進んでいく。
冷たい夜風が髪を揺らし、ふと立ち止まった彼女の吐息が、白く空に滲んだ。
右手には、小さな水袋が握られている。
中で揺れる水の音はほとんど聞こえない。
けれど、それだけで彼女の旅に“理由”があることが伝わってくる。
「……もう少し。もう少しで、たどり着ける」
その呟きは、自分自身へ向けたものだった。
誰かに届けるためではない。
彼女の足取りに迷いはなかった。
だが、その先に何があるのかを知る者は、どこにもいない。
もしかすると、彼女自身でさえも――
それでも、ただ前へと進む。
それが今の彼女に許された、唯一の在り方だった。
夜の闇がさらに深まり、森の気配が静かにざわめく。
何かが、彼女の内側で小さく震えていた。
だが彼女は、微動だにしなかった。
心の奥にぽっかりと空いた空洞。
それを彼女は、感情を捨てることでなく、抱えたまま沈めていた。
一歩一歩、歩き続ける。
その目的地がどこであろうとも――
歩みを止めることはできない。
あの日から、彼女はただ前だけを見てきた。
過去を振り返っても、何も変わらないと知っていたから。
ふと、月明かりがその顔を照らす。
一瞬だけ浮かび上がったその表情は、どこか哀しく、そして――強かった。
けれど次の瞬間には、夜の闇に溶けて消えていく。
「……すべての意味が、ここで終わるわけじゃない」
その言葉もまた、風にさらわれていく。
だが、彼女は確かにそれを口にし、その重みを胸に受け止めていた。
たとえその先に何が待とうと。
それが避けられぬ運命でも。
彼女が選び、歩むしかない道なのだ。
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