9話
セバスチャンに伯爵家の屋敷の私の部屋から必要なものをここに届けてもらった。
リュシアンの着替えやおもちゃなどは使用人達が旦那様にわからないようにこっそり届けてくれた。元々リュシアンの部屋は旦那様の部屋から離れていて見つかりにくい場所だったので『運ぶのは簡単でした!』とみんなニコッと笑ってくれた。
リュシアンをみんなが大切に想ってくれていることが嬉しい。
料理長はリュシアンの好きな苺のケーキやクッキーを差し入れしてくれた。庭師達はリュシアンの好きな花をたくさん届けてくれた。
メイド達はリュシアンのお気に入りの服だけを選んで持ってきてくれる。おもちゃだって全てお気に入りのものばかり。
使用人のジャックは絵が上手で私が紙芝居の作り方を教えてからはいつも絵を描いてくれる。お話の内容は私が前世を思い出しながら少しアレンジして書いたものを字の得意なメイドのサラが書いて、ふたりで紙芝居を作ってくれる。
それがちょうど出来上がったらしくこっそりサラが届けにきてくれた。
「リュシアン様!寂しかったです!」
リュシアンを見るや否や急いでリュシアンを抱きしめるサラがとても愉快でつい笑っていると、サラが私を見て悔しそうにしていた。
「奥様!笑い事ではありません!リュシアン様がいないので私たちみんなリュシアン様不足で屋敷が暗いんです!」
「ごめんなさいね。私が旦那様と上手く合わせることが出来なくて、彼を怒らせてしまったから……謝ればいいのはわかってるの。でもね……」
「謝るなんてぜ~ったい、駄目です!旦那様は戦争が終わって帰ってきてからおかしいです!あんなお人ではなかったのに!ソフィア様は可愛らしいです、だからお世話させていただくのも全然嫌ではありません。
ですが、奥様にどこの誰の子かわからない子供を育てろと押し付けて、少し熱が上がったからと叩くなんて許せません!」
ぷんぷん怒って一人「信じられない!」「許せないですっ!」とぶつぶつ言いながらもリュシアンがそばに居るのを思い出し、慌ててサラは「リュシアン様、紙芝居を読んでもよろしいですか?」とリュシアンに訊ねた。
「サラ、もうおこってない?」
「すみません、リュシアン様に怒ってるわけではないんですよ?」
「で、でも、みんな、おこってるんだもん」
リュシアンが不安そうな顔をしていた。そんな顔をさせてしまって胸がズキッと痛んだ。
うん、ここに顔を出す使用人みんながリュシアンに会えて喜び、私の顔を見ると旦那様に対して何かしら怒って帰る。
人が怒る姿をあまり見たことがないリュシアンにとって、昨日の旦那様の態度やいつもニコニコ優しい使用人達が怒っている姿がとても怖く感じるみたい。
「リュシアン、みんな怒っているのは昨日のおじさんの態度なの。理由があっても(そんなのないけど)いきなり怒っては駄目なのに、怒っていたでしょう?だからみんなリュシアンに怒っているわけではないのよ?」
「………ほんとぉ?でも……リュシアンがわるいこだから、おうちにかえれない…よ?」
お家に帰れないことが自分のせいだと思っているの?違うのに……
「リュシアンはとてもいい子よ!」
「リュシアン様はとてもいい子です!お家に帰れないのは……」
サラがなんて言っていいのか言い淀んだ。
「ごめんなさい、それは母様のせいね。母様がおじさんとしっかりお話ししないからいけなかったの……リュシアンにもちゃんと話さないといけないのだけど、もう少しだけ待っててくれるかしら?」
リュシアンにあの人が父親なんだと伝えないと。離縁するにしても全て誤魔化してばかりではいられない……あの人にも本当のことを伝えて……愛している人がいるならその人とソフィアを育ててもらおう。
リュシアンに勇気をもらった。
私は……リュシアンがいてくれたらそれでいい。
意地を張ってリュシアンを傷つけて……やっと前に進もうとするなんて母親失格だけど母様、頑張るから。
アンナにリュシアンを預けて、私は旦那様に会いに行くことにした。