43話
「リュシアン、ごめんなさいね、母様またお出かけしないといけないの」
「ええっ?どうして?」
「お城に行かないといけなくなったの」
「だ、だめだよ!あそこはだめ!」
リュシアンにとってお城は怖いところなんだろう。攫われたし、わたしは倒れて寝込んでしまったし。
「大丈夫だよ?伯父様とマシューもついて来てくれるから、母様を守ってくれるわ」
「ほんとに?かあさま、こわくない?ぼ、ぼくもいっしょにいって、ま、まもる……」
とても怖いくせに震えながら守ると言ってくれるリュシアンを抱き寄せ「ありがとう」と頬にキスをした。
「かあさま?」
「えへへっ」と可愛らしい笑顔でわたしの耳元に口を寄せた。
「かあさま、いっしょだよ」
「ええ、一緒に行きましょう」
本来なら駄目なのだろうけど、伯父様の公爵家当主の力を借りてリュシアンも王城へ向かうことにした。伯父様は「うーん」としばらく黙って考え込んでいたけど、リュシアンには護衛とメイドを多めに付けることで許可をもらった。
これから先リュシアンが貴族として生きていくなら王城が怖いと思っても、恐怖を抱きながら過ごすことは出来ない。
貴族になることを選ぶなら子供たちのお茶会など、登城することも多い。
わたしが始めた仕事もやはり登城して商売をする機会もありそうだ。リュシアンはまだ3歳。たくさんの可能性を残してあげたい。
今までとは違う感覚のわたしの子育て。この世界で通用するのかわからない。もしかしたらまたルシナの記憶が戻るかもしれない。でも今はルシナに書かれた日記しか頼るものはない。
あ……そう言えば、侯爵様に渡したルシナの日記、早めに返却してもらわないと。
全てを渡したわけではない。
ルシナが幸せだった幼い頃と母親が亡くなってからのことがわかるようにその頃の日記を二冊置いてきた。
ルシナは字が書けるようになってから毎日母の思い出や今の辛かった頃のことを書いていた。
『お母様に会いたい』
『どうすれば新しい家族と仲良くなれるの?』
『お父様に少しでも愛されたいと思うことは我儘なのかな?』
『良い子にしていればいいのかな?』
『勉強を頑張って少しでも成績を上げれば褒めてもらえる?』
『熱があった。誰も部屋に来ない。毛布を頭まで被って寝たけど寒かった』
『お母様の大切な思い出のドレスをお義母様に捨てられて悲しくていっぱい泣いた』
心の中の想いを、辛かったことを、必死で書いていた。誰にも言えない言葉をここに閉じ込めて必死で生きていた。
だから、侯爵様に少しでも知ってほしかった、理解してほしかった。でも読んですらもらえないか、捨てられるか。
あんな態度をとったわたしに腹が立つことはあっても、ほんの少しでもいい、娘への愛情を……なんて……もってはもらえないだろうな。
わたしではなくルシナに少しでも……
そうすれば、ルシナの記憶が少しでも思い出せるのでは……
こんなに可愛いリュシアンのことを忘れてしまうなんて、辛いだろうなと、わたしがルシナなのに、ルシナに対してつい同情してしまう。
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「リュシアンはここで待っていなさい」
伯父様は抱っこしていたリュシアンを大きなソファに座らせた。
この部屋は伯父様がいつも使っている私室で、ここでリュシアンは待っているようにと連れてこられた。
伯父様は国王陛下の相談役として登城することが多く、国王陛下が住んでいる王宮の中に私室をもらっている。
ここは誰でも立ち入ることはできない。今回は王太子殿下から呼び出されたため、この部屋に立ち入る許可をもらうことができた。たとえ身内でも簡単に許可はおりないらしい。
キョロキョロと見回すと、公爵家に置かれていた家具よりも遥かに手のかかったであろう家具が置かれていた。
一つ一つ丁寧に手作りで作られたであろうチェスト。思わず息を呑むほどの美しいシルエットに震えが止まらない。
前世でとても高くてアンティーク家具を買えなくて見て回るだけだったけど、かなりいろんな家具を見て回った。なので見る目はあるつもり。
公爵家の家具でも十分驚いたし感動したのに、王宮に置かれた家具はさらにその上の名品ばかりだ。と言ってもこの世界の価値やブランドはよくわからないので、値段は全くわからない。
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「伯父様……なんて素敵な部屋なんでしょう!!」
思わず感嘆の声を漏らした。
「うん?どうした?」
「とても素敵な家具ですね。このチェスト、デザインも洗練されていますがとても丁寧に作られているのがわかります。この木は……ウォールナットですか?」
「ほお、よく知ってるな?」
「ウォールナットは深みのある濃い褐色が特徴で黒に近い深いブラウンになっています」
わたしはそう言いながらそっとチェストのそばに行き、少し離れたところからじっと家具を見つめた。
「子供の商品ばかり売っていると思っていたが、こういうものにも興味があるんだな」
「ルシナはこの世界で少しでも子供たちに良い影響を与えたいと思っていたようですね?わたしも賛成です。この世界はまだまだ子供達に夢を与えてあげられるだけの環境が乏しいですもの。
家具に関しては完全にわたしの趣味です。とても素晴らしいものを見せていただけて嬉しく思います」
「ははは、以前のルシナはいつも周囲に気を遣いすぎるところがあった。今のルシナは気持ちをはっきりと言い、伝えてくれる。だからと言って嫌味がない、お前と居ると退屈しない」
伯父様はご機嫌良さそうに笑っていた。
わたしは以前の自分のことを人伝てと日記でしか知らない。以前の自分に戻るには記憶を取り戻すしかない。リュシアンのためにもそれが一番だとは思う。
この王城で記憶をなくしたのならここでまた思い出せるかもしれない。
リュシアンを安全な部屋で護衛たちに見守ってもらい、わたしは伯父様とマシューと三人、護衛騎士に案内されて王太子殿下のいらっしゃる執務室へと向かった。




