42話
「かあさま!じいちゃまと、きしさまごっこ してた!」
馬車から降りると私を見つけたリュシアンが誇らしげに小さな木剣を見せてくれた。
「これは?」
「じいちゃまがくれたの」
じいちゃまはもちろん伯父様のこと。公爵家当主の伯父様と伯母様はまだマシューたちが結婚していないため孫がいない。なのでリュシアンをとても可愛がってくれている。
もうすぐマシューの妹のアシュリンが隣国の侯爵家へ嫁いで行くのだけど、なかなか会えなくなるためさらに寂しさをリュシアンで二人とも埋めているみたい。
「リュシアンは剣を持つのが楽しい?」
「うん!きしさまに、なりたいの!」
男の子なら一度は夢見る仕事だもの。でもできれば危険な仕事にはついてほしくない。
母心ではついそう思うけど、リュシアンを抱っこして頬ずりしながら「かっこいい騎士様になってね」と言った。
子供の夢は壊せないもの。
「ぼく、かっこいい、きしさまになる!!」
下におろすとリュシアンは「えい!えい!」っと木剣を振り回して楽しそうにしていた。
ルシナ(私)の元夫は騎士。戦で結婚してすぐに四年間も離れ離れで暮らしていたらしい。その間に彼は浮気?をしてソフィアという娘を授かっていたかもしれないと訊いた。ネージュ様ではなくもう一人のリュシアンを攫ったルベルト伯の子供だったけど、どちらの子であってもおかしくなかった。
ほほぉ、二人と同時期に!会っていないけどとても綺麗な人なのだろうなと思う。
レベッカ様本人も産まれるまでわからなかったと言っていたらしい。
レベッカ様は今地下牢に入れられて取り調べが行われている。
その過程で私に関わる情報は伯父様に伝えられている。
マシューと伯父様の二人には告げたのだけど、ルシナには元々前世の記憶があった。日記に書かれていた前世の記憶がまるでわたしの死ぬ前の人生と同じ。
わたしの中からルシナの記憶だけが消えてしまっているので、前世のわたしだけが今ここにいるような感じ。
なんだか変だけど、ルシナの記憶だけ完全に消えてる。
治験薬を使われたことやリュシアンが攫われたショックも相俟って、私は記憶障害を起こしているらしい。これは専属の医師の診察によるものでマシューと伯父様だけしか知らず、他の人にはただの記憶喪失だと伝えている。
日記を読んである程度の『ルシナ』のこれまでのことはわかった。
幼い頃から家族に疎まれ愛されなかった日々。伯爵家では使用人たちに大切にされ幸せだった。なのに、ネージュ様が帰ってきてから上手くいかず離縁したようだ。
お互いもっと話をしていればもう少し拗れずにすんだかも。
まぁでも今のわたしの価値観からすれば、浮気した男はそこでアウトだけど。
わたしが夫と離婚したのも浮気が原因だったなと思い出す。
『この馬鹿旦那!出て行け!あんたなんかあの女にくれてやるわ!』
ふふふっ、そう言って追い出した。
そのあと何度も夫が家に戻ってきて頭を下げようと許さなかった。
薬剤師として働き二人の子供を必死で育てた。
もしあの時許していたら……子供達に父親の愛情を与えてあげられていたのかもしれない。子育てに悩み何度も後悔したこともあったけど、子育ても終わり余生を楽しみ死んでしまえばもう後悔なんて何にもない。
新しい人生は、なんだかまだ受け入れられないけれど、20年もルシナとして生きてきたらしいので、また子育てを楽しみながらのんびりと生きていこう。
ちょっと実家では強気な発言をしたけど、これは我慢してきたルシナへわたしからのプレゼント?………になってるかしら?
言いたいことも言えず我慢するだけの人生。辛いことや苦しいことを日記に書くことでしか消化できなかったルシナ。
そんなルシナをわたしは抱きしめてあげたかった。一言くらい父親に文句を言ってやりたかった。
リュシアンにはこれからの人生たくさん笑い、そしていろんなことを学んで精一杯生きてほしい。
そしてわたしも。
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「ルシナ、リュシアンの事件について話をしたいと王太子殿下から呼び出しがあった」
「それは……」
(拒否はできないですよね?)
思わずそんな気持ちが顔に出ていたのだろう。
伯父様は少し困った顔をした。
「王族からの呼び出しを断ることはできない。記憶のないルシナには大変かもしれないがわたしも付き添えるように時間を調整するつもりだ、心配するな」
「ありがとうございます」
事件の全容はもちろん知りたい。だけど今のわたしがきちんと殿下の前で対応できるのか、そちらの方が心配だった。




