40話
知らない男の人が必死な顔をして私に話しかけてきた。
「やっと目覚めた……よかった」
「あなたは……誰?」
知らない男の人は「はっ?」と呟いた。
「俺……俺だよ。俺のことがわからないのか?」
よく『俺俺』という詐欺が流行った時があったなぁと呑気なことを考えているとリュシアンが「おじさん」と男の人に向けて話しかけた。
「おじさん」ということはリュシアンの知人か親戚なのだろう。
私は自分が誰なのかよくわからないけどリュシアンの母親であることだけはわかる。
「あなたが誰なのか分かりませんが……あの……『私』は誰なのかご存知ですよね?」
戸惑いながら訊くと……
「え?はっ?な、何を……ふざけてるわけではない?」
男の人は私のそばにいるリュシアンに視線を移すと「か、かあさまは……ちょっと…へ、へんなの……」と私をチラリと見ると小さな声で気遣うように呟いた。
そうだよね。今の状況からすれば何もわからない私が一番変だよね。
でもとりあえず状況がわからないと話が進まない。
「あ、あの……目覚めたらここにいて…私がどこにいるか誰なのかわからないんです……ただ……このリュシアン?が私の息子らしいということだけはなんとなくわかるんだけど………」
知らない世界に入り込んだということは黙っておくことにした。そんな話を信じるはずがない。それにこの異常に綺麗な子供や男の人、そして私自身、とても美しい容姿をしている。そんな女性の中にいるから戸惑ってはいても変なことを話しすぎて頭がおかしいと異常者扱いされて牢にでも入れられたら困る。
男の人の名は『ネージュ』。
そして彼から語られた話を聞いて……
この女性の名は『ルシナ』で20歳をすぎていて離縁したらしい。
今は母方の実家の公爵家??(えっすごいんじゃない??)でリュシアンと暮らしているらしい。
今回なんだかとってもいろんな人々の思惑が蠢いている事件に巻き込まれてリュシアンを攫われて変な薬を飲まされ、意識が戻らなかったらしい。
目覚めたら……私がいた。
私は記憶をなくしたのか、それとも以前のルシナが死んで私が『ルシナ』の中に入り込んだのか……自分でもよくわからない。
でも、とりあえずわからないので、記憶喪失になったということにした。
何も覚えていなくても所作は体が覚えていて挨拶の仕方や文字などこの世界で生きていくためのことは不思議にわかる。
それに亡くなった時の年齢よりも考え方や話し方もこの体に合わせて若い気がする。少しずつ順応していっている。
リュシアンが甘えて膝の上に座ってくれば愛おしさだけが募る。
可愛くてたまらない。
「ルシナ、やっと目覚めたのか?」
リュシアンとネージュと会話していると現れたのは……
「誰かしら?」
「ましゅー!」
リュシアンが嬉しそうに男の人に抱きついた。ネージュの時と違いとても懐いていた。
「あなたは?」
「ルシナ……先ほど看護師に話は聞いたよ。本当に記憶がないんだ?」
「……ごめんなさい…今ネージュさんに話を聞いていたのだけど、あなたは誰ですか?」
「俺は…レーヴ商会ではマシューとして名が通っているけど君の従兄の……マティアス・エヴァリア。公爵家で君たちと共に暮らしているんだ」
私が何も覚えていないと確認したマシューは少し寂しそうにそう告げた。
「ごめんなさい、お世話になっていながら何も覚えていなくて……」
「いや、辛い過去を忘れてしまうのは君にとっていいことかもしれないな……医師に診察してもらって体調が良ければ公爵邸に連れて帰る許可をもらってる。父上たちもとても心配しているから屋敷でゆっくりと療養してほしい」
彼に懇願されるように言われリュシアンも「かえるっ!」とコクンと頷いた。
それからすぐに医師な診察があった。
ネージュは「また会いにきます」と告げて帰って行った。
私はマシューの用意してくれた馬車にリュシアンとマシューとさんにんで乗った。
その間私が実の父に疎まれていたことやネージュとの結婚、そして離縁した経緯を詳しく訊いた。
ネージュは細かくは話してくれなかった。自分が悪かった、全て自分が悪いのだと言っていただけ。
今回の事件も全て自分が防げなかったからなんだと言っていた。
でも私は真実が知りたかった。あやふやな話ではわからないことが多すぎる。
的確な情報はやはり大事。一人の話ではどうしても偏りがある。マシューや公爵家の人々にも訊いた。
そんな時侯爵家から呼び出しがあった。
私は実の父親だという人にも会ってみたかった。
どんなに『ルシナ』が嫌いなのか、彼女はどんな気持ちで育ったのか知りたいと思った。
体調が落ち着き侯爵様と会う約束を取り付けた。
「ルシナ、会えば傷つくのは君だと思う。それにもし侯爵家で軟禁でもされたら……」
渋い顔をするマシューと伯父様をなんとか説き伏せた。
リュシアンは屋敷でメイドたちにお世話になっている。みんなに懐いているようで私がいなくても平気みたい。寂しくなるとそばに来て「だっこ」と甘えてくる。それがとても可愛いくて思わず抱きしめてしまう。
記憶はほとんど思い出さないのに、リュシアンが愛おしいとか公爵家は心地よいとか、そんな気持ちは不思議に感じた。とても穏やかに過ごさせてもらっていた。
侯爵様とお会いするにあたりマシューが同行してくれることになった。私だけでは記憶がなく対処できないからと心配された。
侯爵様は私を娘としてみていないらしい。
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侯爵家は公爵家よりも屋敷の規模がすこ~し小さいのだけどとても華やかで目がチカチカした。
外から見た感じよりも、思った以上に派手だわ。ちょっと趣味悪くない?
内心そう思ったけど一応顔には出さず澄ましてソファに座った。
「………ルシナと申します」
目の前にいる侯爵様、あまりにも冷たい視線が痛くて、顔が引き攣りなんと挨拶していいのか……躊躇って初めて会う人のようになってしまった。
まぁ、私にとっては初めて会う人なんだけど。
「お前はまたひとに迷惑ばかりかけて!離縁はするし勝手に仕事を始めて今度は記憶をなくした?醜聞ばかりが広まって我が侯爵家にどれだけ恥をかかせ、恥ずかしい思いをさせるんだ?」
あらら、顔は真っ赤だしお猿さんみたい。顔を見てすぐに怒り始めるなんてこれで高位貴族と言えるのかしら?
「記憶がないもので返事に困りますが、確か縁は切られていると訊いております。今回お会いしたのは、呼び出しがあったのはもちろんですが、訊いてみたかったのです」
「はっ?生意気なことを!」
無視して勝手に話を進めてやった。
「あなたは『ルシナ』とその母親……前妻が嫌いなのですか?」
「な、何を言い出すんだ?」
「あら?だって自分の娘を心配するどころかそんな冷たい目で見るのですもの。『ルシナ』のことが本当にお嫌いなのだと思いまして」
にこりと微笑むと真っ赤になった侯爵様。
「私、記憶がないのでよくわからなくて。ルシナに対しての今までの態度、そんなにお嫌いならさっさと追い出して公爵家にでも捨てればよかったのではないかと思いまして」
もう一度微笑んだ。
「なっ!……ルシナっ!!」
ルシナに対しておこなってきた態度に私も腹が立っていた。だから記憶がない今だからこそ平気で言ってやる!!




