18話
話し合いの次の日、アンナがリュシアンと部屋でゆっくり絵本を読んでいると慌てて部屋に入ってきた。
「奥様……大変です」
「どうしたの?そんなに慌てて何かあったの?」
「今……ソフィア様を連れて……あ、あの、来られました」
アンナの目がオドオドして私に視線を合わせようとしない。
「もしかして、例のレベッカ様?…かしら?」
「……はい、あの、リュシアン坊っちゃんに会いたいと言って来られて今客室に通しております」
「ハア………わかったわ。少し待たせておいて」
リュシアンの頭を撫でて「ソフィアが会いにきたみたい。お着替えしましょう」と言うと「うん!ふぃあが、きたの?」と嬉しそうに返事をした。
子供には罪はないし、きちんと最後に会わせてあげたかったから、ちょうど良かったと思うしかないわ。
流石に子供には変なこと言わないだろう、そう願いつつ、重い気持ちをなんとか誤魔化して客室へと向かう。
「失礼致します」
扉をノックして客室に入るとソフィアがすぐに「るしぃ!」と嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ふぃあ!あそぼ」
「うん」
床に座ると部屋から持ってきた絵本と積み木で遊び始めた。
「これ、どおぞ」
「ありがとぉ」
お互い譲り合って仲良く遊ぶ姿に笑みが溢れる。やっぱり二人はとても仲良しで会わせてあげられてよかったと胸を撫で下ろした。
大人のいざこざに子供たちは関係ないんだもの。旦那様と離縁したらもう会えないかもしれない。そう思うと何だか切なくなる。
そんな二人の姿に何とも言えない顔をして顰めっ面をしていたレベッカ様は不機嫌に私に話しかけてきた。
「本当に二人は仲良しなのね?貴女、よく平気でソフィアを可愛がれたわね?」
「ソフィアを育てて欲しいと夫に言われた時はもちろん驚いたしいい気分ではありませんでした。でも、子供には罪はありませんし、ソフィアはとても素直で可愛らしいのですぐに大好きになりました」
「ふうん」
私をジロリと見つめてクスッと笑った。
「そんな偽善者もいるのね」
「……えっ?」
偽善者?何を言ってるのこの人?
「だって、夫がよそで作ったかもしれない子供に愛情を注ぐなんてあり得ないでしょう?ふふっ。
貴女、侯爵家の出身だと聞いたわ。そんな高貴な、それもまだ20歳になったばかりの若い貴女が、子育てするなんておかしいわ。いくら政略結婚だとしても伯爵夫人としてのプライドくらいあるでしょう?」
「……旦那様が戦争に行っている間、伯爵家を守ってきたという矜持はあります。ソフィアは押し付けられたのではなく自分の意思で愛情を持って育てると決めたのです。でも、リュシアンのことを考えると今はソフィアを育てることができなくなりました、どうぞ旦那様とソフィアと三人仲睦まじくお過ごしください」
「あら?逃げるの?」
逃げる?旦那様との離縁は逃げることになる……そうかもしれない。
でも私はリュシアンがいてくれればそれでいい。
「レベッカ様、貴女は……何がしたいのですか?無理やり旦那様の妻である私に子供を押し付けたり、いきなり屋敷に現れたり、今日は態々ここにソフィアと会いに来て嫌味を言ったりして……」
リュシアンたちは楽しそうに遊んでいる。そばにはアンナがいてこちらの話が耳に入ってこないように絵本の読み聞かせをしてくれているみたい。
二人は顔を合わせてくすくす笑ったり、ひとつの大きなクッションに体を埋めふわふわした寝心地を動いて楽しいみたいでキャッキャっ言って遊んでいる。
「私ね、ひとが幸せなのが嫌いなの」
「えっ?」
またすごいことを言ってる??
「ネージュ様ってとてもかっこいいでしょう?彼って素敵よね?」
「はあ?」
「だからね、ネージュ様をもらおうと思ったの。なのに貴女が簡単に手放すものだからどうしようか迷ってるの」
「????」
私は何も答えられなくて呆れて固まってしまった。
『宇宙人』がいた。頭の中が………
前世の私ならそう叫んでいただろう。
レベッカ様はリュシアンのところへ行くと屈んでにこりと微笑んだ。
「ソフィアとたまには遊んでくれるかしら?」
「うん、いいよ。おばちゃん、ふぃあのかあさまなの?」
「……おばちゃん?違・う・わ!!貴女、教育の仕方間違ってるんじゃない?」
私をキッと睨んでレベッカ様は、ソフィアの腕を掴んだ。
「帰るわよ、ああ、気分悪い。ったく、家族にまともに愛されていないから、まともに子育てもできないのよ」
レベッカ様は吐き捨てるように言って部屋を出ていった。
私のことを色々調べて知っているようだ。私は……確かに家族に愛されて育っていない。
でもあんな家族に愛されていなくても、もう悲しいなんて思わない。だって今はリュシアンがいるし、もうすぐお別れしてしまうけど伯爵家の使用人のみんなはとても温かい人達で家族のようだったもの。
それにマシューや伯父様は離れて暮らしていても私の家族だもの。
旦那様のこともずっとそう思って四年間頑張ったんのに……
そこは報われなかった…かな。
リュシアンは「ふぃあ」と寂しそうに後を追おうとした。
「リュシアン、また会える時が来るわ。それまで楽しみに待っていてね」
ごめんなさい、リュシアン。いつか大人になって社交界で顔を合わせることもあるはず。
私は結婚してから社交界に顔を出すようになったけど、レベッカ様のことは知らなかった。
戦争で辺境伯領は社交界どころではなかったから、お会いすることはなかったのだろう。
そんな中でも、しっかり私の情報は調べ上げているなんて、旦那様のことを愛しているからなんだろうと感心しつつも、少し怖くなってしまった。
彼女の破天荒な性格が、私の生活にさらに影響していきそうな嫌な予感しかしない。