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10話

 結局旦那様に会いに行ったのは次の日だった。





 私自身が立ち上げた事業は従兄が主に動いてくれている。今までは伯爵家に来てくれて打ち合わせをしていたけど、旦那様が帰ってきてからは私が従兄のところへ顔を出している。

 街に子供のための絵本や玩具を売るお店を出していてその2階に事務所がある。

 まだまだ私が考えた商品は少なくて、兄様の商会からの物が多いのだけど。


 従兄……と言っても、亡くなった私の母の兄の息子。

 私の3歳年上で幼い頃は仲良くしていた。父が再婚して継母が血のつながらない兄と異母妹を連れてきてからは会わせてもらえなかった。


 父は子連れの義母と母が亡くなる前からの愛人関係だった。異母妹は私の2歳年下で、母が存命の時から付き合い娘が産まれて別邸で囲っていた。


 母が亡くなるとすぐに再婚して、私はあの家族の輪の中には入れてもらえなかった。


 事業を始めようとした時、たまたま出会ったのが従兄のマシューだった。


 子供のためのものなので安価で安心出来る物を作りたかった。

 信頼できる商会で製造して販売して欲しくて探していたところ、たまたまワインの販売をしてくれている業者から子供の商品を扱う信用できる商会があると紹介してもらった。


 それがマシューのところだった。父は母の実家の関係と取引をするのを嫌がってワインの販売は別のところにしたのだろう。


 マシューの商会はまだまだ我が国では新しい商会だけど、外国の物も扱うので庶民はもちろん貴族達からも重宝されていた。


 私は屋敷に引き篭もる生活で結婚するまで世間のことはあまり知らず、従兄達のことはあまり詳しく覚えていなかった。


 そういえば伯父様は大きなお屋敷に住んでいたんだった。父は母のことも母方の親戚の話も嫌がり、私は母のことをあの家族の前で言葉にすることはできなかった。

 墓参りすら行けないでいたんだった。結婚してから一度だけ行った。


 墓の前で思わず大泣きしてしまった。






『やあ、久しぶりだね』


 笑顔で私に握手を求めてきたマシューに私はキョトンとした。


『……え?』


『ルシナは俺のこと忘れちゃったんだ?』


『レーヴ商会………のマシューさんですよね?』


『うん、商会ではマシューと名乗ってるけど、本名はマティアス・エヴァリア、母親の実家の名前を忘れてしまったの?』


『えっ?マティアス兄様?』


 もう10年以上会っていない、ううん、会わせてもらえなかった……でもなんとなく面影があるような……


 それから兄様に私の考えたパズルや数字遊びのカードなど提案した。ただ安価すぎて儲けにならないと言われて今も試行錯誤して製作中。できるだけ経費がかからなくて、安く売りたい。でも安すぎると現実儲けにならないので商売にならない。


 逆に馬車のデザインの提案は需要があるし儲けもあるとすぐに食いついてくれた。


 おかげで儲けたお金を元手に兄様からのアドバイスを受けてやっと子供向けのお店を出すことが出来た。ただしほとんどそのお店に投資したので持ち金があまりないのだけど。

 兄様とは親戚とはいえ仕事なので、アドバイスや手助けはしてもらっても金銭面だけは別として割り切ってきた。


 かなりキツイ言葉もたくさん言われたけど、それは全て私の仕事を成功させるためなのがわかっていたので、父達家族に言われてきた言葉とは、受け取り方も全く違った。


 そんなマシューがセバスチャンの家へやってきた。


「ルシナお前、旦那に叩かれたんだって?」


 私の頬を確かめるようにじっと見て「はあー」とため息をついた。


「お前の父親達と言い、旦那と言い、ほんとお前は家庭運がなさすぎだろう」



「そ、そんなこと……あるかな……?」


 思わず否定しそうになったけど、兄様の言う通りかも。そう思うと何故か苦笑してしまった。


「笑い事じゃない!いい加減離縁状にサインして我が家に来い」


 兄様の父親である伯父様は、公爵家に私とリュシアンを受け入れると言ってくれている。


「兄様……私がお世話になればあの父のこと何を言ってくるかわかりません。それに旦那様だって……迷惑はかけたくありません。仕事が軌道にのればリュシアンと二人食べて行くことはできると思います」


「ルシナはずっと貴族として暮らしてきたんだ。そんな君がどうやって息子と二人で暮らしていくんだ?」


「えっ?普通に掃除して洗濯して子供の世話をしながら働くわよ?

 お店の2階を整理すれば親子二人寝泊まりはできそうだし、リュシアンの世話をしてくれる人は探さないといけないだろうけど、多分……うん、なんとかなると思うもの。

 リュシアンがいてくれたらそれだけでいいの」


「……ウォーレン伯爵の母君のことはどうするんだ?」


「それは頭が痛いところだけど、今の私では何も力になれないと思う」


 義母は旦那様が帰ってくるとわかったと同時に領地へと帰っていった。


 それまでは領地と王都のタウンハウスを往復する日々を私と共に過ごしてくれていたのだけど、旦那様との親子関係が上手くいっていない二人は『私がここにいるとネージュが不機嫌になると思うの。だから私は領地で過ごすわ』と少し寂しそうに言った。


 早くに夫を失い、伯爵家を切り盛りするのに弱いだけの女では生き抜いていけなかった。だから自分にも息子にも厳しく、時には冷淡に振る舞ったこともあると話してくれた。


『後悔ばかりの子育てだったわ。でもね、あの子に伯爵家を残してあげたかったの。わたしができる唯一はそれしかなかったから』



 私達が結婚することが決まって旦那様に全ての権限を渡して領地で一人暮らすことになっていた義母。


 結婚して一月余りでいつ帰るかわからない戦争へと駆り出された旦那様の代わりに何もわからない私のために再び手伝ってくださった。


 戦争のため領地運営も厳しく実家の侯爵家と共に共同事業をしなければ生き抜くことが出来なかった。


 嫁いだばかりだからと何もしなければ沈んでしまいそうな伯爵家を義母と二人、ジョンソン達の力を借りながら必死で耐え抜いてきた。


 とても頑張ってきた義母だけど、息子の前ではどうしても今までの癖で『優しい顔を向けることが苦手なのだから領地に帰るわ』と寂しそうに言った。

 旦那様も自分の母親に対しなんの情もないかのような態度だ。


『お義母様がずっと助けてくださったんです』と旦那様に伝えたのに。


『あの人にとってこの伯爵家が唯一の生き甲斐なんです。俺のためではありませんよ』と感謝すらしていなかった。


 私が父や義母達に虐げられてきたことと、旦那様と義母の二人の親子関係は全く違うと思うのだけど、旦那様からすれば母親に厳しく冷たく育てられたとしか感じていないようだ。


 わたしとは違い親の愛があるのに。


 今すぐは無理だけどなんとかしてあげたいと思っていた。でも、リュシアンと旦那様の関係すら儘ならないのにどうすることもできない。


 兄様とは離縁したらどうするのか、仕事のこともあるのでこれからのことを相談したりしていたのだけど、そこに何故か会って話し合おうと思っていた旦那様がいきなり現れた。


「ルシナ、あの子供の父親はこの人なのか?」


「はい?」

「えっ?俺?」



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