閑話:拝啓、俺を捨てたあなたたちへ
「いい子ね。頼りにしてるわ、紡」
実の両親はよく俺に対してそう言った。
*
俺は生まれたときから平民で貧乏だった。
親は盗みで生計を立てているような腐りきった家庭。
でも、そんな家庭が俺にとって世界の全てでなぜか魔力があった俺はその力で必死に役に立とうと奮起した。
俺の魔力は物事をうやむやにすることに向いていたから。
両親に望まれたように吹き飛ばして、吹き飛ばして、吹き飛ばして吹き飛ばして……。
しかしある日。
いつものように盗みの痕跡をうやむやにして逃げようとしている時、いつもとは違い悲鳴が響き渡った。
声のした方向を見て、体が硬直する。
そこには一人の女性がいた。
――動かない。
女性はピクリとも動かぬまま、ただ地面を赤く染めていた。
「ねえ……」
家に帰って、親に話しかける。
「人、巻き込んじゃった……あの人大丈夫かな……」
広がっていく血液が瞼に焼き付いて離れない。
あの人は無事だろうか?
あの人は動けているだろうか?
あの人は治療を受けれているだろうか?
あの人が死んでしまっていたら?
――もし、また殺してしまったら?
「魔力、使うのこわい……」
もしもを考え始めると止まらなかった。
もしかしたら、俺が知らないだけで他にも巻き込んでしまっている人がいるかもしれない。
もし、次使って今度こそ人が目の前で死んでしまったら、俺は……。
「――ねえ、紡」
お母さんの声が頭の上から振ってくる。
顔を上げるとそこには微笑んでいる両親がいた。
「紡は私たちの言った通りにすればいいのよ」
いつもの見慣れた笑顔のはずなのにその時初めて両親の笑っている顔が不気味に見えた。
「ねえ、紡。私たちのいう事が聞けないの? 魔力しか取り柄のないあなたをここまで大切に育ててあげたのに、恩を仇で返すの?」
目玉が零れ落ちそうなほどに見開かれた瞳が俺を覗き込む。
恩を仇で返すつもりなんてないのに。
俺はただ、人を傷つけたくないだけなのに。
その時ふと気づいた。
「紡の魔法は本当に便利ね」
「まさに天からの贈り物だな」
両親が愛しているのは俺じゃない……俺の魔力だった。
親になにも言い返せなくて、でも魔力を使う事は恐ろしくて……だからこそ他の事で役に立とうと頑張った。
親に褒めて欲しくて悪いことも一生懸命頑張って……でも、捨てられた。
まるで、必要ない物を道端に捨てるようにアッサリと、俺は捨てられた。
捨てられた先が東籠孤児院という孤児院だった。
*
「魔力保持者の平民なんて話題性が高いですね」
「魔力保持者を保護しているため支援金が出るんですか⁉」
院長の部屋から聞こえてきた話し声に耳を塞ぎたくなる。
この孤児院は汚職にまみれていたけど、俺の扱いは周りと比べると悪いものではなかった。
理由は魔力を持っているから。
他の子どもたちは院長の機嫌によっては殴られていることがあったけど、俺はそんなことは無かった。
いつでも怒鳴られるだけで……おかしな話かもしれないけど悲しかった。
魔力を持つ俺は特別らしいけど、魔力のない俺には価値なんてなくて。
魔力のない俺は誰にも求められなくて。
魔力が無ければもっと生きやすいのかもしれないと思うこともあった。
でも、魔力が無いと誰にも必要とされないんじゃないのかと思うと魔力を恨み切ることも出来なかった。
君が孤児院にやって来た時リッツは期待してなかった。
それどころか、警戒していた。
この家が滅茶苦茶にされてしまうのでないかって。
リッツは元々外の人に対して警戒心が強い部分があるけど、俺も君は恐ろしかった。
君の悪い噂は孤児院にも届いていたから。
だからこそ、リッツは君を追い返したがった。
そしてそれにみんなで賛同した。
初日に君はこの孤児院全体に脅され確かに大人しく帰って行った。
上手くいったとみんなで喜んだ。
でも、君はその後もコツコツとこの孤児院に通った。
「おねえちゃんが、みんなでわけてねってあめさんくれたの!」
ある日、南がニコニコと嬉しそうに駆けてきたことがあった。
その手には中に丸くてキラキラした物がたくさん入った高そうな瓶が握られていた。
「おねえちゃんやさしくていいひとだよ!」
南は瞳を輝かせながらこちらに瓶を差し出した。
「みーちゃのことおきあがらせてくれて、しんぱいしてくれて、あめもくれたの!!」
リッツは複雑そうな顔をしていた。
俺は俺で南を心配すべきなのにもっと別のことで焦った。
南は幼いのに、リッツの役に立つ情報を仕入れてきたのだ。
――俺も、役に立たないと。
「あの……なにか、手伝おうか?」
焦りから何も考えずに誰一人歓迎していないこの家を一人で周り写真や記録を取る彼女に話しかけた。
この家の役に立たないと、リッツの役に立たないと……また、捨てられてしまうかもしれないのに……。
「必要ないわ」
彼女は毎回こちらをちらりとも見ずに断る。
数回そんなやり取りを繰り返しているとおのずと焦りが浮かんでくる。
……そもそも、彼女が手伝ってほしいのは俺ではく魔力保持者なのではないのか?
あの日、様々な焦りから大きな声で彼女を呼び止めた。
「俺の――っ!」
俺の価値はこの魔力で。
俺は魔力以外に取り柄が無くて。
「俺の魔法も使ってもいいからっ! だから……!」
頭も悪くて、空気も読めないから……だから、魔法で役に立つしかないんだって、誰よりもよくわかってる。
――その時見た彼女の表情を俺は一生忘れないと思う。
「別にあなたに魔力があろうと無かろうとどうにもしない」
そう言う彼女はひどく澄んだ瞳で俺を見た。
そこには打算も欲もなにもなく、ただ真っ直ぐな瞳が俺を射抜いた。
「そもそも、魔力というのは付属品でしかないの」
彼女の言っていることがすぐには理解できなかった。
そんなわけない、だって俺には魔力しか……。
みんな俺が魔力保持者だから良くしてくれる。
それを俺は誰よりもわかってる。
「――あなた達だから私は力を尽くすの」
――その瞬間、恋に落ちた。
なんでもないことのように言われた言葉が俺にとっては特別だった。
「あ、あ、あ……ありが、とう……」
何に対する感謝なのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、真っ直ぐ見つめてくれる吸い込まれそうな瞳から目が逸らせなかった。
「お礼を言われるような事はまだ何一つやっていないわ」
その真っ直ぐ俺を射貫く瞳に溺れるように恋をした。
俺だから、力を貸してくれるの……?
俺の存在を認めてくれるの?
俺の魔力じゃなくて、俺を愛してくれるの?
*
俺という存在を愛してくれた君へ。
気にしてもらえるだけで喜んでしまう俺を……。
君の瞳に映るだけで舞い上がる俺を……。
君が一ヶ月来てくれないだけで不安になってしまう愚かな俺を……。
――どうか、捨てないで 。
ねえ、珀ちゃん。
君は捨てられた俺を拾ってくれたんだ。
君が俺を愛してくれたぶん、俺も君を――……。