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閑話:拝啓、私に居場所をくれた貴方様へ


 もう何年自分が生きているのか私には分からない。

 ただ私は普通の人間とは違う、それだけは分かっていた。

 

 親の顔は知らない。

 恐らく先祖返りに恐れをなして私を捨てたのだと思う。


 その村では長年無視されてきた。

 村の中で触れてはいけないタブーのように誰も私を見ることはなかった。

 

 怖ろしいから、自分たちとは違うから仲間外れにする……そうではない。

 

 村の人たちはほとんど全員が私に対して無関心だった。

 

 その村はお世辞にも環境の良い村とは言えなかった。

 だからこそ人間かどうかすら怪しい孤児の相手をする余裕がある人がいなかったのだと思う。

 

 誰とも話さない日々、誰とも繋がれない生活……。

 

 自分は本当に生きているのかすら分からない。


 しかし転機は突然訪れた。

 そんな生活を続けて幾千幾万と夜を越えたある日の事。


 今でも思い出せる、その日は雨が降っていて私は洞窟で雨宿りをしていた。

 

「――ねえあなた」


 その人に出会ったのは偶然だった。

 まだ若いその女性は国を、世界を旅しているのだと言っていた。


「私が力の制御の方法を教えてあげる」


 私の角を見て、私の顔を覗き込んで女性は微笑んだ。

 

「力が制御できるようになって、その角が仕舞えるようになったら私と一緒に行きましょう?」


 初めて自身に差し出された手に、縋るように手を伸ばす。


 女性は力強く、しかし優しくしっかり私の手を掴んだ。

 その時私は初めて人と手を繋いだ。


「私はカコ。あなたは?」


 女性……カコ様の質問に首を横に振る。


「……名前がないの?」

 

 名前なんてない。

 誰も私の事など視界に入れはしないのだから。

 

「じゃあ私が名前をあげる。無いと不便でしょ? そうね……」


 カコ様は悩ましそうに頭をひねりながら空を見上げる。

 

 雨模様だった空はいつの間にか真っ青な快晴に変わっていた。

 

「――……蒼穹(そら)。今日からあなたは蒼穹よ。どう? お気に召したかしら?」

「――はいっ! とても……!」

 

 その時、心が満たされるという言葉の意味を初めて理解しました。



 *

 


 陽だまりのように優しい瞳に私はいつでも安心感を貰うのです。

 優しく微笑まれる表情に、こちらに差し伸べられる手に常に私は引っ張られているのです。


 あなたは長い旅を経て、この国の聖女様になられました。

 長い旅を経て、生涯の伴侶を見つけられました。

 

 カコ様が幸せそうに笑っているの見て私も幸せをかみしめるのです。


 誰よりも傲慢で、誰よりも強欲で……誰よりもお優しい聖女様。


 私はあなたの幸せを切に願っております。

 

 

 *


 

「蒼穹、二人をよろしくね」

 

 人間はもろい。

 知っていたのに、理解していないかった。


 現実は無慈悲に私を切りつける。


 ベッドの上で動かない彼女に、彼女の横で必死に彼女に呼びかける公爵様に、彼女を囲んで涙を流し続ける使用人たちに現実を教えられた。


 ゆっくりと顔を彼女から上げると、小さな赤ん坊が目に入った。


 彼女の残した忘れ形見。

 私が、これから大切にしないといけない……ヒト。

 

 ああ、感情が追いつきません。

 なぜ彼女が死ななければならなかったのか。


 聖女様……私を置いてどこへ行ってしまわれたのですか?

 

 

 *

 


 カコ様は亡くなられた。

 そんなことわかっています。

 

 でも……それでも、聖女様を探してしまうのです。


 そんな状態だったからこそ、私はお嬢様にひどいことをしてしまった。


 公爵様がお嬢様とカコ様を近づけたくないのは承知していた。

 しかし、母親のお墓参りくらい行かせてあげないと可哀想だと思ったのだ。


 だからこそあの日私は付き添いを申し出た。


 行った先には確かな悪意が滲んでいた。

 男は恐らく聖女様の信者であり、聖女様が亡くなってしまったことをひどく悲しんでいる方だった。


 お嬢様に悪意の刃が向いている。

 

 私は、お嬢様を助けなければいけない。

 それが聖女様との約束だから。


 そんな思いとは裏腹に、私の足は私の口は一向に動かなかった。


「――どうして生んでしまったのですかっ!?」

 

 その言葉に、男の言っていることに少し賛同してしまう自分がいたのだ。


 ――カコ様、あなたが死んでしまうくらいなら子どもなんて……。

 

 結果私は中途半端にお嬢様に肩入れして、中途半端に突き放した。


 その日からだと思う。


 お嬢様が私を避けるようになったのは。



 *


 

 だからこそ、お嬢様の魔法の講師をやることになったときはお嬢様が私で良いと言ったことに驚いた。

 

 しばらくまともに顔を合わせない間に、お嬢様は別人のように変わってしまったっていた。

 

 久しぶりに会ったお嬢様の瞳に怯えはなかった。

 そこにあるのはただの義務感や使命感のような固い感情だった。


 お嬢様は公爵家のお仕事に興味があるようで、座学中よく私に質問をしてきた。


 私はその質問に乗じて公爵様の苦労を少しでも知っていただきたいと思った。

 

 彼女の愛した人を、彼女の代わりに支えたかった。


 しかしその行為は私の自己満足だった。


 お嬢様の瞳を見て私は気づかされる。

 聖女様との約束を違えたことの重さを思い知らされる。


「言ったでしょう。許す許さないではないと」


 そんな現実をひしひしと実感させられ、視界が揺れる。


 私は、なんてことをしてしまったのだろう。


 視界が揺れる中、顔を上げるとそこには以前よりも聖力の増された聖女様が立っていた。

  

 聖女様が私を見ている。

 温度の感じられない、ひどく冷たい瞳で私を見下ろしている。

 

 いや、温度どころではない。

 

 関心が感じられない……期待も信頼も不安も全ての感情をそぎ落としたような瞳で私を見下ろしている。


 ――無関心は何よりも恐ろしいのです。


 ああ、おやめください聖女様。

 そんな瞳で私を見つめないで下さい。


 いつものように、あの陽だまりのような暖かい瞳で私を見てください。


 焦り、不安、恐怖……。

 様々な負の感情が入り混じり、ぐちゃぐちゃになった情緒が私をさらに滅茶苦茶にしていく。


 聖女様……カコ様。どうかお許しください。

 不甲斐ない私を、愚かな私をどうか……――っ!


 「――私を見なさいっ!」


 ――この方は、本物だ。


 長年聖女様に仕えて養われた直感と私の人外としての本能がそうささやいた。


 確かに感じた聖力は本物でどこか心配そうな色の浮かんだ瞳にカコ様の面影を感じた。


 ……あなたの残した陽だまりは、まだ私の傍にあるのですね。



 *



 お嬢様は強い方だ。

 自身に向く悪意に立ち向かう勇気を持っておられる。

 

 お嬢様は不安定な方だ。

 今までの周りの行ってきた対応から他人を信じられずにいる。


 他人を頼った所で意味がないと割り切ってご自分だけで解決出ることは全て自分だけで解決しようとしている節があった。


 どのようなことにも果敢に挑まれるのはお嬢様の長所であり短所だ。

 

 彼女は立ち止まらない。

 常に何かに追い立てられるように、努力を重ねている。


 その姿は旅をしている時のカコ様のようであり、しかしカコ様よりも脅迫観念のようなものを感じずにはいられない。


 学園に入学されると私はもうお嬢様になにも差し出せない。

 

 立ち止まることの出来ない彼女に学園でよき友人が出来ることを陰ながら願わせていただきます。

 

 どうかあなたの歩む未来に幸多からんことを――……。


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