未来を担う子どもたち ー1-
夢を見た。
どこか分からない、広い空間で誰かと二人きり。
その誰かはずっとそこにいて、私もその空間に長くいた。
変化の乏しい空間で長いような短いような時間を二人きり過ごしていた。
二人でいたあの時間は、いったいどれほどの時を刻んだのだろう。
*
「――……ま……は――さま……珀さま」
「……すずね」
目を開くと、心配そうに私の顔を覗き込む鈴音と目がった。
……寝ていたのか。
ゆっくりと上半身を起き上がらせる。
近くで一緒に寝ていたらしいロンが腕を登ってきて首に巻き付く。
「珀さまがこんな所でお休みなんて珍しいですね。お疲れですか?」
どうやら木陰で本を読んでいる途中で眠ってしまったらしい。
中途半端に開いた本が近くに転がっている。
冬が過ぎ、花が蕾を付け始めた。
心地よい春の陽気が眠気を誘う時期だ。
「いや……油断した……」
この世界に来て約六年ほど経過し警戒心やら緊張感やらが薄れてきてしまっている。
これは由々しき事態だ。
「家の敷地内なら、肩の力を抜いてよいと思いますが……」
できるならとっくの内にやってる。
油断するといつ誰に寝首を搔かれるか分かったものではないのに、警戒を緩める事なんてできない。
それは確実に自殺行為だ。
「……来てくれていたのに寝ちゃってて悪かったわね。じゃあ今日もお願いできるかしら」
なんて持論を何も関係ないこの少女にぶつける訳にもいかないため話題を逸らす。
神楽家は巫女の舞う御神楽を代々伝承している家系だ。
そのためここ半年ほど鈴音に御神楽を教えてもらっている。
「はい! ……とは言っても珀さまはもうほとんど完璧ですけどね」
珀の覚えがいいのか、元々珀が習っており多少の心得があるのかはわからないが御神楽の振り付けは驚くほどすんなり頭に入った。
御神楽を初めて見る気がしない……というのが私の感想だが珀の記憶と混濁している可能性もあるため何とも言えない。
*
響が無事に魔法学園に入学して早いことに約一年が経過した。
あと一か月ほどで剱も入学するそんな春先真っ盛りな時期。
話があると言われ、いつも通り公爵に呼び出されていた。
「――春告祭の今年の巫女をお前に頼みたいと思っている」
公爵は緊張した面持ちで告げた。
予想とはだいぶ方向の違う事を言われ思わず首を傾げる。
「……良いのですか?」
悪評の改善はほとんどなされていない。
私が神聖な舞台に立ったら祭りどころではなくなる未来が見えるのだが……。
春告祭とは文字通り春を迎えるために国を挙げておこなう祭りである。
祭りの最後に巫が神楽を舞いその舞に満足すると龍神様が春待桜を満開に咲かせる。その桜が咲いたとき、この国は春が訪れたとするのだ。
しかし、ここ数年この国に春は訪れていない。
聖女が亡くなってから毎年神楽を舞う人を変えても、どれほど盛大に祭りを開いても桜は満開に咲かなくなってしまったからだ。
かくいう私が珀の代わりになってからの数年間も桜はうんともすんとも言わない。
そもそも本当に咲くかという疑問もあるのだが、これが本当に咲くのだ。
原作においてこの春告祭の桜はターニングポイントとなる要素。
主人公が長年咲くことのなかった桜を見事咲かせてしまうため、巫女として巫家に取り入ることが出来るようになってしまう。
それは非常にマズい。何とかしなくては……。
ここで一度巫女として舞うチャンスがもらえたのは好都合だ。
ここで物語中の主要イベントを潰せるのは大きい。
中身は違うがこれでも聖女の一人娘。
何とかなる可能性は十分あると思っている。
「やってくれるか……?」
再度不安そうに聞いてくる公爵を前に胸に手を当てて頭を下げた。
「――拝命させていただきます」
これは決意の表明だ。
*
御神楽を舞う事で桜を満開にする。
言葉に起こすととてもファンタジーでメルヘンな事項だ。
しかし、そのメルヘンファンタジーがこの先の人生の難易度を左右するという意味の分からない状況でもある。
これからの為にもまずは情報収集。
敵を知り己を知れば百戦危うからず、ということで春待桜の元へやって来た。
図書館で調べてもよいが、勉強期間中に目にした文献には春待桜の情報は大して載っていなかったのだ。
桜を咲かせるためにはまずは何をするべきだ?
大きく立派な桜の木を見上げる。
……この大きな木についている蕾が一斉に花開く瞬間はさぞ綺麗なんだろう。
「――こんなとこで、何してんだ?」
知らない声が聞こえたため顔を上げた。
そこにいたのは髪の長い美少年。
少年の長い髪が風で揺れる。
「よお、悪魔サマ」
そこにあるのは確かな悪意。
「あなた、誰?」
少年の表情は不敵に歪められた。
「俺は巫家の重臣。時雨家長男、時雨弥桜だ!」
「巫家の重臣が私に何の用?」
自分で巫家の重臣を名乗りながら、悪魔って……何が目的だ?
「時雨家は代々巫家に仕えている、が……俺はお前に仕える気は更々ない」
決意表明……いや、どちらかと言うと宣戦布告か。
「理由を聞いてもいいかしら」
自己紹介に巫家の重臣を入れているってことは巫家に仕えていることは少なくとも誇りに思っているはず……。
じゃあなぜ、巫家の正式な後継ぎである珀に仕える気が無いのか……。
「俺が仕える主はお前じゃないからだ……お前はあの子じゃない」
弥桜の鋭い瞳が私を突き刺した。
あの子って、珀の事か……?
バレている……いやそんなことは無いはずだ。
だって時雨弥桜とちゃんと対面するのは今日が初めてなのだから。
「――言いたかったのはそんだけ、じゃあな!」
無邪気な笑顔を見せてさっさと走り去っていく弥桜の背を見つめる。
「……いいのですか?」
伺うように問いかけてくる剱に分かりやすく肩を竦める。
「別に構わないわよ」
そんな事より、今は早急にやらなくてはならないことがある。
時雨弥桜のことは春告祭が終わってから考えよう。
「さて、私は出かけて来るわ」
「どちらに行かれるのですか?」
剱は不思議そうにしている。
大方、今日は図書館に籠りきりになるとでも思っていたのだろう。
図書館に大した情報が無いことは確認済み、現地調査も終わったという事は……。
「私の相談に乗ってくれる子たちの所」
私とは違う角度の知恵が必要という事だ。
*
「それで、俺たちに相談しにきたんだ」
「私だといい案が出なくてね……出してた課題の進捗も聞きたかったし」
向かったのはリツの所だ。
恋愛に現を抜かす攻略対象たちとは違ってリツは恩返しで動く義理堅いキャラ。
主人公に対して最後まで恋愛感情の一片も見せなかった。
なんなら、手段を選ばない主人公たちに苦言を呈していたくらいには善良な子だ。
この孤児院の立て直しは終わっているためリツは主人公を手伝う理由などない。
そして、律樹から主人公への恋愛感情は生まれない……つまり信頼に値するという事だ。
ちなみにリツは見事待生試験に合格したため特待生としてこの春から魔法学園に入学することが決まっている。
「先に言っておくけど俺も紡も神のことはよくわからないよ」
「それでも、考えてくれるでしょう?」
私が思いつかない考えを浮かべてくれるのが大切なのだ。
しかし、やはり神の事などさっぱりなのか必死に頭をひねってくれるがなかなか案が出ない。
「うーん、難しいな……紡は何か思いついた?」
リツと一緒にうんうん考えてくれていた紡を見る。
紡は顔を上げると少し不安そうに口を開いた。
「……神様のところに行って頼んでみるとか……咲かせるのは神様なんだよね?」
なるほど、確かにそれはアリかもしれない。
「確かに、お社になら何かヒントがあるかもね」
リツも同意するように頷く。
「試してみる価値はありそうね。ありがとう、明日さっそく行ってみるとするわ」
「あとこれ、持って行って」
リツがきんちゃく袋を手渡してきたため首を傾げる。
「……これは?」
「煙幕だよ、簡易的だけど……魔術回路の練習しがてらね」
袋を開き中の魔石を取り出す。
どうやら、魔石に魔術回路が刻まれているようだ。
リツは優し気な視線を紡に向ける。
「紡の魔石を使ってるから紡の魔法の練習にもなってる」
そう言われて再度渡された魔石を見た。
出していた課題というのは正しい魔術回路を刻んだ護身道具を作れというものだ。
リツには魔力が無いため、先行投資ということで魔力がなくとも魔術回路を描くことが出来る魔道具である万年筆をプレゼントしてある。
そして、紡の魔法の練習も兼ねてその万年筆に使う魔石は紡が作るようにという制約もつけた。
「へー、いいじゃない……課題はこれで提出でいい?」
「いや、もう少し待ってほしい。次くる時までには提出用のを用意するから」
一年ほど週一以上で会ってきたが、どうも律は志が高い。
「分かった、じゃあもう少し待つ……それじゃ今日はありがとう。紡もありがとう」
「珀ちゃんの役に立てたなら良かったよっ! また……また、何かあったら相談してねっ!」
お礼を言うと紡は少し恥ずかしそうに、でも元気よく返事をした。
紡に手を軽く振り、背を向ける。
「ええ、何かあったらそうさせてもらうわ」