慈善活動委託計画 ー4ー
今日も今日とて家の資料整理を行う。
如何せん歴史の長い孤児院のためとにかく枚数が多い。
……何これ?
あまり人の目にはつかない棚の端。多くのファイルの横に目を盗むように箱が置いてあった。
長い間放置されていたのかしっかりと埃を被っているそれを持ち上げる。
思ってたより重量があるそれは少し振ってみると何かが擦れるような、少し控えめにガサガサと聞こえた。
……見ないと中身は分からないな。
被っている埃を払い意を決して蓋に手を掛ける。
――……これは、手紙?
箱の中にはぎっしりと封筒が詰まっていた。
試しに一つ中から便箋を取り出し開く。
「……ふーん、そういうこと」
それは孤児院の院長から聖女へ向けての手紙だった。
と、いう事は院長側にも聖女からの手紙が残っている可能性があるってこと……次に行ったとき探すか。
*
また孤児院に訪れると、その日院長は出かけていていなかった。
前に聞いた時の予定にはなかった外出。
まあ自分も訪れることは連絡してないし、おあいこである。
「ねえ、珀ちゃん。今日こそ俺になにかお手伝いを――」
いつもの手伝い申請が来たため、いつも通り断るため口を開こうとする。
……紡なら、なにかわかるかも。
だが拒否の言葉は音になることは無かった。
「……じゃあ、お願いしようかしら」
「えっ、いいの……⁉」
「いいから頼んでる……で、手伝ってくれるの?」
そう問いかけると紡は瞳を無邪気にキラキラ輝かせて勢いよく頷いた。
「う、うん! 俺、珀ちゃんの為なら割と何でも手伝うよ……!」
「じゃあ、この孤児院のアルバムとかってない?」
紡は不思議そうに首を傾げた。
「何か探してるの?」
「この孤児院の過去の記録。昔の事が分かればなんでもいい、資料でも写真でも」
「それなら、俺心当たりがあるよ!」
「案内してもらえる?」
「うん!」
そう言うと紡は私の手を掴み軽快に駆け出した。
紡に連れていかれたのは院長室だ。
相変わらず、この院内の他の場所とは違い小綺麗家具で彩られている。
ここだけ別の建物なのではないかと勘違いしてしまいそうだ。
ここに何があるのかと、紡を見る。
紡は曖昧に笑うとギュッと右手に力を込め、そこに魔力を集め始めた。
「……魔石を作ってどうするの?」
「秘密の部屋に入るのに必要なんだ……よし」
開かれた紡の手の中には夕陽のような色の魔石が握られていた。
形はひどくお粗末だが確かなサイズの魔石だ。
紡は机の上に置いてある卓上ランプにその魔石を放り込む。
するとゴゴゴ……と音をたて、本棚が動きそこに扉が現れた。
なるほど、隠し扉……見つからないわけだ。
隠し扉の奥は決して広くはない小部屋だった。
その小さな部屋にところ狭しと本棚が並んでいる。
「はい、珀ちゃん」
本棚から一冊の大きな本を紡は引っ張り出した。
「ありがとう」
受け取って被っていた埃を払い物を確認する。
『ALBUM』……アルバムだ。
開くと随分若い今の院長と年配の誰かが握手している写真や子どもたちが遊んでいる写真など様々な写真が挟まっている。
一枚写真を外し裏を見ると写真を撮った年月日と一言のコメントが添えてあった。
他にも数枚外して裏を確認したが、すべてに書き込みがされている。
「……これって借りて行っていい?」
「うん、いいと思うよ」
「じゃあ借りていくわ」
他の物もないか棚を漁る。
すると一つ怪しいものを見つけた。
……これだけ埃、被ってない。
それは少し薄めのクリアファイルだった。
引っ張り出してパラパラと中を確認する。
「……へぇ」
「ねえ珀ちゃん……俺、珀ちゃんの役に立てた?」
横から顔を伺うように紡が覗き込んできたため、ファイルをパタリと閉じて紡を振り向く。
「――ええ、とっても」
*
早く問題を解決するとその分の早く手に入り出す情報の数々。
一番初めに攻略するのは情報屋と言われるほどの重要なキャラクター。
そんな彼に恩を売りたいと考えるのは当然の事だろう。
「――ねえ」
それは備品の数をまとめている時の事だった。
「俺言ったよね、勝手なことはしないでって」
今まで雲隠れしていた律樹が自分から姿を見せたのだ。
「勝手じゃないわよ、望まれていることをしているだけ」
この孤児院もいってしまえば公共施設だ。
ここの正常でクリーンな運営は巫家への信頼と東の国の繁栄につながりえる。
「外からの干渉を少なくとも俺たちは望んでない」
「中だけで改善していないのに?」
外がテコ入れしなければ、ここは一生おんぼろ地獄のままだろうに。
「色々調べさせてもらったから事情は把握しているつもり。例えばここの子どもは栄養失調のきらいがある」
「どうやって調べたの?」
「紡に手伝ってもらったの。彼の身長とか体重を測らせてもらった」
ずっと書類をまとめていただけではない。
ちゃんとここの子どもたちの実情も調べられるだけは調べてある。
「それをこの国の年齢別平均身長体重と照合した。それにここの子たちはどう見ても細い。あなたと同い年の子が普段近くにいるけど、ぱっと見でその子との違いがよくわかるくらいにはね」
「……なんで、君がそこまでやるの?」
会話をしつつも、リストに書き込む手は止めない。
椅子だけでも項目は三つ。
使用可、半壊、使用不可。
それを部屋別、物別にやるためこの作業もわりと途方もない。
「――未来に備えるためよ」
この孤児院を現段階で真っ当にしておけば、主人公の使える強力なカードが一枚無くなるということだ。
「……それに少なくとも、ここの運営が正されることは公共の利益となる。だから勝手じゃないわ」
そこまで言うと律樹は何も言ってこなくなった。
正直律樹は攻略対象ではないため掘り下げは少ない。
でも、主人公の参謀は確かに彼だった。
……仕掛けるなら、今かもしれない。
「――ねえ、あなた学ぶことに興味はない? 知識というのはそれだけで強力な武器になる」
そこまで言って律樹を振り向く。
彼は目を見開いて固まっていた。
「あなたに興味が無いなら、この話は突っぱねてもらって構わない。ただ、この先の人生のために私を利用することは悪いことではないと思うのだけど」
そこまで言って律樹の返答を待つ。
少しすると、律樹はゆっくりと口を開いた。
「……一つだけ、聞かせて欲しい。俺を学ばせて、君になんのメリットがあるの?」
相手の利益の分からない善意は恐ろしい、か……。
私もそう言うタイプだからその気持ちはよくわかる。
「俺は初対面の時君にすごく失礼なことを言った。それなのに君は……」
「別にあなたのためじゃないわよ」
こういうタイプには誠実に対応するのが一番だ。
「じゃあ何のために……」
真っ直ぐ律樹の瞳を見る。
「私のためよ」
嘘はつかない。
今はバレなくても、露呈したタイミングで信頼度がマイナスまで下がるから。
「……少し、考えさせてくれないかな」
「ええ、返事は急がないから」
そこまで言うと彼は身を翻し歩き出した。
……いったん及第点かな。
去っていく背中に肩の力を抜く。
しかし律樹は立ち去る前に、足を止めた。
「……紡のこと、ありがとう」
「お礼を言われるようなことはなにもしてない」
振り返らずに告げられたお礼に、心の中で疑問符をとばしつつ言葉を返す。
「うん……でも、ありがと……」
今度こそ彼は完全に立ち去って行った。
*
ゲームにおいてこの孤児院の問題は序盤も序盤に露呈する。
なぜなら、主人公が一番最初に仲良くなる攻略対象が未咲紡だからだ。
同じ平民という学校で内で肩身の狭い者同士仲良くなりよく話す間柄となる。
そんな日常の中で、ふとした瞬間に紡の家の問題が露呈した。
紡の家である東籠孤児院はとても苦しい場所だと。
家族は優しくて大好きだが、如何せん院長がひどい人だと。
少しでもその孤児院の状況を変えたくて、自分は頑張っているのだと。
そこにいるのが裏世界で情報屋をやっている、漣律樹だ。
主人公が孤児院の院長を更生させることで、院内の状況は一変。
そのことに恩を感じた律樹は主人公に一生分の恩が出来たと言い、彼女に情報を流すようになる。
こっちの情報を流されたらたまったもんじゃない。
ゲームをプレイしたことがあるから分かるが、あれはヤバイ。
本当に全部の情報を持ってる。
それを阻止することに全力を注ぐことは悪い事ではない。
このゲームのキャラクターたちはみんな恩に弱い。
だからこそ今の内から恩を売って回り、珀に対して酷いことを出来ないようにする。
恩ってのは押し売りするものなのだ。