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 少女はその時夢を見た。


『――ねぇ、さみしいの……』


 そこはどこかもわからない真っ白な空間。そこには黒い髪に黄金色の瞳を持つ少女が一人座り込んでいた。彼女はたどたどしく言葉を紡ぐ。

 少女はその少女に近寄ろうと足を動かす。足を付いた場所から波紋が広がった。


『わたし、いい子にしてるのに……どうして誰も、わたしを愛してくれないの?』


 声をかけようと口を開くが発声はされない。

 諦めて少女は確かに足を動かした。しかし、一向に少女の元へたどり着かない。


『わたしがお母様を殺したって……そんなこと、やってない、のに……』


 少女の言葉に涙がにじむ。


『どうして、だれも……』


 どうして?どうして?と少女は繰り返す。答えのない問いをずっと何かに問いかけ続ける。

 この少女はいつからこうしているのだろう。いつから答えを求めているのだろう。

 空っぽな少女には想像することすらできなかった。


 だからこそ、少女は早く少女に駆け寄りたかった。しかしやはり距離は縮まらない。


 そうしているうちに少女は自身の体を抱え込んだ。


『……さむい』


 まるで突然極寒の地に放り出されたように、肩を抱いてガタガタと震えはじめる。


『さむい、さむい……さむいよぉ……おとうさま……』


 ぽろぽろと涙を流しながら少女は震える。

 感じた事のない愛を、暖かい優しさを求めて父親に助けを求める姿のなんと痛ましいことか。


『おとうさま、おとうさま……』


 少女は呪文のようにぶつぶつと呟き続ける。来るはずのない父親に助けを求めている。


 少女は一向に縮まらない距離に一瞬足を止めた。

 すると、その瞬間ドプッと床に体が沈んだ。

 少女は藻掻くが感覚はない。ただどんどん下に沈んでいる事実だけは実感できた。


 沈む、沈む。足が沈み、腹が沈み、腕までも飲まれようとしている。

 完全に沈み切る前、顔がまだギリギリ出ている時、少女は大きく息を吸い咄嗟に声を張り上げた。


「――珀ッ!!」


 そのすぐあと、少女は完全に床に沈んだ。

 無理をしたせいかおもい切りむせ返る。

 口の中にその空間の液体が流れ込むがまるで水のような空間で必死に上を、珀を見上げた。

 珀が弾かれたように顔を上げることを確認すると同時に少女の意識は深くまで沈みこんだ。


『だれ……?』


 その空間に残る珀の問いに答えられる存在はもうどこにいない。



 *



 三度目の目覚めは今までで一番ぼんやりしたものだった。しかし、今までで一番状況を理解している。


 見慣れてきたベッドの上で少女は体を持ちあげ瞳を閉ざすと自身の額に手を当てた。

 目覚めてからこれまでの事を一度頭の中で整理する。


 今私が入っている体の持ち主の名前は巫珀。とある物語の主役に全てを奪われる悲劇の子。

 珀には朝食が用意されるがあれはいつ持ってきたのかわからないほどに冷めきっていた。

 そして、使用人の出歩くことが珍しいという発言と夢の中の珀のお母様を殺したという発言に公爵の拒絶の姿勢。


 整理するとだんだんと見えてくるのは珀のこの家での立場だ。


 物語では、妙にすんなり平民を養子に迎え入れていたが納得した。

 公爵は自身が愛した女性を殺した実子が嫌いなのだろう。

 どこの馬の骨とも分からぬぽっと出の平民を養子にしてでも、実子が家を継ぐことを阻止してしまうほどに。


 少女は瞳を開き深々と息を吐きだす。


「お嬢様……ッ!」


 静かに扉が開くと、次の瞬間には大きな声とともに勢いよく扉が開くのが少女の視界の端に映った。

 珀は額から手を外し扉から入って来た使用人を見る。使用人は駆け足でベッドに駆け寄ると持っていたお盆をベッドの脇の机に置き心配そうに珀の顔を覗き込んだ。


「体調はいかがですか? どこか痛い所や苦しい所はございませんか?」

「どこも問題はないです。私はどれほど寝ていましたか?」

「……三日ほど」


 流石に三日は想定外で少女の瞳が見開かれる。


 調べ物をしようとしていた矢先にこれだ。


 調べないといけないことは5つ。

 何かをするにしても自分の置かれている状況を理解しない限りは何もできない。


「あのお願いしてもいいですか?」

「なんでございましょうか?」

「わたしを図書館に連れて行ってください」

「病み上がりなのですから、もう少しゆっくりして……」

「ゆっくりしている時間が惜しいのです」


 少しの時間見つめあうが珀が折れないことを悟ったのか使用人は観念したように珀を図書館まで案内した。


 図書館までたどり着くと少女は軽く全ての本棚を見て回り、本の位置を大体把握した。

 そして目当てである建国の歴史本を引っ張り出しパラパラとページをめくる。

 読めているのかどうか怪しいレベルの速度で視線を滑らせるがなかなかお目当ての言葉にはぶつからない。これをあと4回おこなうと考えるとなかなかに効率が悪い。


「あの」

「なんでございましょうか?」

「平民の魔力保持者は希少なのですか?」

「はい、平民の魔力保持者はとても希少な存在ですが……しかし、突然なぜそのようなことを?」

「すこし、国の情勢というものに興味がわいたんです」


 本で調べながら使用人に聞く。単純に効率は二倍だ。なんなら三倍といっても差し支えないだろう。


 使用人に聞き、本で調べた結果、どうやら同一の世界らしいというのが少女の見解だった。

 この国における価値観や歴史、王族や公爵家などすべてが物語と一致する。となると、この先珀に用意されているのは破滅のみだ。


 そんなの、黙って見逃せるようなものでは決してない。


 まず、一番の問題点は公爵が自分の意思で主役の女の子に家督を譲るという事。

 どれだけ頑張ったところで家では公爵が一番偉い。その公爵が自分の意思で渡すとなると防ぎようがない。

 しかも、女の子は巫女の適性があり光属性というとても希少な魔力保持者。

 囲ってしまえればそのまま国の利益となる。


 女の子がチートなのか、珀が弱すぎるだけなのか……珀では勝てないことは分かり切っている。

 おそらく好感度だけならそこら辺の子どもにも負けるだろう。

 それほどまでに珀に対する公爵の好感度はマイナスに振り切れているのだ。


 映像の言葉と今の珀に対する対応を比べてもそこまで大差ないあたり公爵の嫌いの感情は時がたっても風化しない。そうなると珀が動くしかないのだが……。


「……よし」

「お嬢様?」

「お父様のところに案内してください」


 少女はパタンと本を閉じ立ち上がる。珀の突然すぎる言葉に使用人は一瞬思考が停止した。


「……お嬢様!? 突然なにを……⁉」


 使用人は驚きと心配が半分半分と言った様子で珀の目を見た。

 使用人の視線は三日前に邪険に扱われた末に倒れている。あんな目にあってもなお父親に会いに行くのか?と、瞳で必死に珀に訴えた。


「……わたしとお父様は会話が足りていないと思うのですが、いかがですか?」

「確かに、少ないとは思いますが……」

「だから、会話を試みに行くのです」


 使用人と珀の目線が絡み合う。珀の瞳に迷いはない。恐れは見いだせない。真っ直ぐな瞳が使用人を向いている。


「……ご案内いたします」

「ありがとうございます。では、これを片したら案内をお願いします」


 見つめあいの末、先に降りたのは使用人だった。使用人から言質を取った少女はせっせと引っ張り出した本を元の場所に戻していく。


 使用人はその後ろ姿を眩しそうに見ていた。

 先ほど向けられた真っ直ぐな瞳を思い出す。その瞳は一点の濁りもない琥珀色。その色彩は母親似だ。

 あまりにも真っ直ぐ見つめられると、聖女様に見つめられていると勘違いしそうになる。


 心配の気持ちが無いと言えば噓になるがそれでも親子である2人が歩み寄ることはこの家の使用人の総意でもある。

 この家の使用人は公爵が家を継ぐよりも前から仕えている人が多い。

 そのため、公爵の苦悩も聖女の優しさも珀の孤独も全て見てきたのだ。


 だからこそ使用人は願わずにはいられない。


 ――どうかこの親子の行く末に幸が多くありますように、と。


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