慈善活動委託計画 ー1-
この深層心理の奥にあるであろう空間にもある程度慣れた頃の話だ。
本当にたまにしか訪れられないこの世界で珀と関わっていくうちに、この子がとんでもなく利他的な子であることをひしひしと感じ取っていた。
だからこそ、この子と私が正反対であるという事を感じざるを得ないわけで……。
「……あいさんは優しいです」
「急にどうしたの?」
突然褒められ困惑しつつ珀を見る。
彼女は真っ直ぐ私を見据えていた。
「私のために頑張ってくれているのはわかっています。でも……もっと自分を大切にしてください」
その瞳はどこまでいっても真っ直ぐで心からの言葉だという事はすぐに理解した。
そのうえで、私は言葉を返す。
「してるよ。これ以上ないくらい」
「してません。いつも私のために自分を削って……」
……削られているのはあなたの体なのだけど。
状況に慣れてくると少しずつ日常会話のようなものが増えていく。
すると、お互いの感じ方考え方がある程度露呈していくものだ。
「もっと自分のために生きて欲しいです」
「あなたの人生を借り受けているのだから、私はあなたを幸せにする義務があるの」
だからこそ、珀と私だと時折このような話し合いとも言えないやり取りが生まれる。
この世界はこの子の世界で、私は今この子のサポートキャラとしてここにいると思っている。
それはつまり珀に家を継がせることが私のこの世界でのやるべきことという事。
結局最初から私はこの子の為じゃない。
結果この子を救う事に繋がるのだとしても、私は私の為にしか行動できない。
「でも、私は最初から自分の為に生きているの」
所詮私はひとでなし。
利他的なこの子とは根本が違うのだ。
「あなたを幸せにする。それが私のためでもある」
珀は俯くと力なく首を振った。
「……よく、わかりません」
「わからなくていい。理解してもらうことがすべてじゃないもの」
恐らく根本が真逆の私たちは真の意味で理解しあう事は無いのだろう。
それでも私は構わない。
私は私のやるべきことをやるだけだもの。
*
原作開始まであとだいたい三年だ。
ロンが家に居座るようになったあの日から鈴音は時折東の子どもを連れてくるようになった。
とは言っても特段誰かと仲良くなりました、なんてことはなく少し東の子どもたちと交流を持つようになった程度の話だ。
ここまで些細な変化だと原作と変わっているのか、変わっていないのかわからない。
もう少しで婚約者が学園へ入学してくれる。
そうすれば面倒ごとが一つ減って、もう少し動きやすくなるはずだ。
「……あの、公爵さまがお呼びです」
日課の魔術回路を刻む練習をしていると剱が顔を出した。
訓練が終わったばかりなのか手には訓練用の剣が握られている。
「そう、わざわざありがと」
刻みかけの魔石に視線を落とす。
……行くのはこれ終わった後でいいや。
*
「急に呼び出してすまない」
公爵の執務室に行くと蒼穹が迎え入れてくれ、公爵の前に通された。
公爵のデスクには相変わらず紙が山と積まれいる。
「いえ、それよも何か御用でしょうか」
公爵との会話に花が咲く未来は見えないのでさっさと本題に入って貰おうと先を促す。
「あ、ああ……今日はお前に任せたいことがあって呼んだんだ」
公爵は手元の一枚の紙を差し出してきた。
「この孤児院の運営をお前に任せたい」
渡された紙の内容を見る。
『東籠孤児院』
それは公爵が言った通り孤児院の事が書かれた書類だった。
北との境界線沿いにある孤児院だ。
……この孤児院って、運営費を院長がちょろまかしてるところじゃないっけ?
しかもあのゲームで絶対に欠かせない情報屋のいるところのはずだ。
『東籠孤児院』とは巫公爵家が運営している東唯一の孤児院だ。
ここには一人の攻略対象とゲーム攻略に必須な情報屋がおり、彼を味方に付けることが出来れば、ゲーム攻略における大きなアドバンテージとなるのだ。
情報屋本人は好感度を教えてくれる友達ポジ。
初めは正体不明怪しさ満点、情報料金高すぎのぼったくりまで疑われるレベルなのだが、とあるイベント終えると無償で望んだ情報を提供してくれる凄腕の情報屋に大変身。
好感度を上げるためのヒントやライバルキャラを蹴落とすためのヒントなどより取り見取りである。
そして、無償提供の原因となるイベントの一端を担うのがこの孤児院の運営者の変更だ。
この運営者の変更に主人公が一役買うため、情報屋は恩人に報いるため情報を無償で提供し始める、という流れのはずだが……。
主人公が現れる前にイベントの種を潰してしまうのは悪くない。
私の強みはある程度の流れが分かっていることだ。
しかし、しっかり証拠を押さえないと訴えることは叶わない。
……証拠集めとか、したことないんだけど。
「なにか、お悩みですか?」
授業の途中で蒼穹が声をかけてきた。
「……なぜそう思うんですか?」
「いえ、お嬢様がぼーっとしているのは珍しいなと思いまして」
確かに今日は集中できていない。
院長を引きずり下ろすための証拠集めの事をずっと考えている。
「お話を聞かせて頂けませんか? もしかしたらお力になれるかもしれません」
証拠集めってどうすればいいですか……ってどんな質問だよ。
絶対困るよな。
私だってこんなの事聞かれたら困る自信しかない。
証拠が物品だった場合は持ってくればいいけど、動かせない物だった場合持ってはいけないし……。
いや、思い出せ。人が証拠を集める時に使う道具と言えば……。
「――……カメラってありますか?」
必死に頭の中を整理した結果の質問だ。
突然の私の質問に蒼穹は軽く首を傾げた。
「カメラ、ですか? あると思いますが……必要であれば街まで行って買ってきましょうか?」
蒼穹の提案に首を横に振る。
「いや、いいです……今から買いに行きましょう」
「えっ⁉ 今からですか?」
驚いたように声を上げる蒼穹を一瞥し机の上の物を軽くまとめ始める。
「今日の授業は始まったばかりなので先生の時間はまだあるはずですが?」
「それはそうですが……」
なぜ蒼穹を連れていこうとしているのかと言うと、今までの生活で贅沢品なんて触れてこなかったため商品の良し悪しはまるきりわからないからだ。
ただ、無理やり連れて行くと不満が出かねない。
机の上を片付け終わったため椅子から立ち上がり蒼穹を見る。
「行きたくないならそれで結構です。それなら、今日の授業はここまででお願いします」
「――いえ、お供いたします。全てはお嬢様の御心のままに」
そう言って蒼穹は綺麗に頭を下げた。
忠誠心の高めな返答をされると未だに少し困ってしまう。
自分が誰かに心を明け渡せないからこそ、誰かの心が明け渡されるのも避けたい。
でも、打算的な部分が顔を出して有能な秘書を突っぱねられないジレンマ……。
「……お嬢様? どうかなさいましたか?」
蒼穹を見て何も言わない私に顔を上げた蒼穹が首を傾げた。
「なんでもない。それじゃあ行きましょうか」
そんな蒼穹から視線を外しつつ扉に向かう。
カメラを買ってきて、あとは何が必要だろう……?
この孤児院のことについて知っているのはそこにいる攻略対象と幼い子供がたくさんいるってことくらいんだけど……。
……とりあえず、飴持っていくか。