それは誰かにとって止まり木のような ー2-
季節の変わり目というのは厄介ごとが舞い込んできやすい時期である。
体調を崩しやすいとか不審者が出やすいとかいろいろなことを聞くが珀として生活するようになりこういう時期には一つひどくめんどくさい行事が在中するようになった。
王四公会議というそれは各地域の公爵、いわゆる四大公爵が国王と今後の国の運営方針を決めるために王城に集まり報告や相談なのどを行う場である。
そして、ここは次期公爵候補たちの交流の場でもあった。
珀は一人っ子のため一人だが、兄弟の多い家は全員で来るため地域によって人数の差が大きい。
そして彼らの中で私という存在は悪者で固定されているため一人には絶対絡まれる。
地位が同等だと率先して嫌味を言いに来るし公爵令嬢ゆえの脅しも使えないためとてつもなくめんどくさい現場なのだ。
人数差で集団リンチ……にはまだあった事がないがいつかありそうでひやひやする。
広い部屋に通されるとそこにはいつも通り歳の幅が広い子供たちがいた。
部屋に入ると例にもれず子供たちはこそこそと話始める。
……どこに行っても毎回同じ反応されるこっちの身にもなってほしいわ。
特に誰かに用があるわけではないので周りに一切目を向けずに部屋の奥の方の椅子に腰をかけた。
「お茶を入れてきます」
剱はそう告げると部屋を出て行った。
一人になったとたんに一つ足音が近づいてくるのが分かる。
「よお悪魔。最近顔を見せてなかったから死んじまったのかと思ってたぜ」
自分より一回り大きい男に話しかけられた。
そういえば、前回の交流会は休んだんだっけ。
本日のお相手はどちら様かな?
ちらりと視線を動かし男の顔を確認していったん視線を外し瞳を閉じる。
北の月雪家の長男だな、名前はたしか……なんだっけ?
その態度に腹を立てたのか男がダンッと机を思い切り叩く。
「無視すんなよ。しばらく会ってないうちに随分と態度がデカくなったなぁ」
態度がデカいのはどっちだよ。
今必死にお前の名前を思い出そうとしてやってんだろ。
どれだけ圧と向けられてもどれほど嫌味を言われても決して男と目を合わせることはしない。
下手に目を合わせて逆上やら興奮されたら困る……面倒ごとはごめんだ。
そしてしばらく黙り込んでいると剱がお茶を持って帰って来た。
「どうぞ」
目の前に置かれた紅茶に手を伸ばそうとすると、北の男はもう一度ダンッと机を思いっきり叩いた。
紅茶の入ったティーカップが思いっきり揺れるが零れることは無い。
「おい、使用人」
こいつが剱に変なことをしようものなら止めなくてはいけない。
外野から言われた言葉で私に悪感情を持たれでもしたらどう責任を取ってくれるんだこの男は。
「お前も不幸だなぁ? こんな悪魔に仕えてるんだもんなあ?」
使命感だか義務感だかにかられ視線だけを二人に向けた。
――わあ、すごい眼の飛ばし方してる。
割と高身長な月雪が平均的な身長の剱を斜め下から覗き込むという……一周周ってギャグのような絵だな。
「チッ、無視かよ……主人に似てんなぁ」
しかし剱は無視を決め込んでいた。
視線すら月雪に向けないあたり凄い度胸、感動だわ。
しばらく膠着こうちゃくしているとまた別の団体が入ってきた。
「あっ、褐神! 久しぶりだな」
そこかしこで再開の挨拶をしているなか、部屋の奥へ一人の足音が近づいてくる。
「珀さん。こんにちは」
よく聞く声が聞こえた為、顔を向け会釈をする。
響は微笑み隣の席に腰をかけた。
「よう、響。元気そうだな」
「お久しぶりです。月雪さんもお元気そうで何よりです」
――そうだ、北の月雪公爵家だ。
二人が談笑を聞き流しながら剱の入れたお茶を飲む。
……美味しい。飲みなれたお茶が出てくるだけでアットホームな感じがする。
会話に花が咲いてきたころ月雪はまるで励ますかの様に響の肩を叩いた。
「しっかし響もかっわいそうだよなぁ、あの悪魔と婚約だなんて災難だな」
そこで響はピタリと口を閉ざした。
もうちょっと時事的な話題を出せばいいのに、そんなに本人に悪口を聞かせたいのかこいつは。
まったく、この世界の連中はいい性格してるやつが多すぎる。
しかし絶やされない笑みに月雪は話を続ける。
「でも正直助かったぜー! 俺に婚約話が回ってくる可能性があるって言われててさぁ……」
その場にいる三人が誰も口を挟まないのをいいことに、月雪は口を開き続ける。
「悪魔と婚約なんかしちまったら悪魔に呪われて死ぬかもしれねえだろ? しかも、呪われるリスクに加えて国中から嫌われてる悪魔と婚約なんてしちまったら婚約者ももれなく嫌われもんだもんなあ。その点響は元の人望もあるからそんなことは無くて安心してるんだぞ。いい点なんて東とのつながりが強まること以外ないだろ? でもやっぱ悪いことの方が圧倒的に多いもんな。早く婚約破棄できるといいな」
よくもまあ舌が回る。
別に悪口を止める気は一切なかった。その労力が無駄なことはよく理解してる。
そして誰にも止められないなか男は語りつくし、満足そうな笑顔で響を見た。
「なっ、お前もそう思うだろ」
疑問ではない同意を求める問いかけだった。
こう思っていて当然と言わんばかりの問いかけに響は一切笑みを崩さず答える。
「私はそう思いませんが」
「……は?」
響のその返事は月雪にとっては予想外の返事だったらしい。
婚約者が公衆の面前でパートナーを貶めるような発言をするわけ無いでしょ……馬鹿が。
「はぁ……? 何言って、おま……悪魔に洗脳でもされたのか? なぁ?」
月雪は混乱したように響の肩を掴み同意を求める。
響は一切口元の笑みを崩さずに掴まれた肩にかかる手を掴んだ。
「私は至って正常です。可笑しいのはあなたの方ではありませんか?」
「――っお前!!」
「何の騒ぎ?」
月雪が逆上しかけたその時、突如部屋の優し気な声が響いた。
声の主に目を向けるとそこにはクリーム色の髪に藤色の瞳を持つ美少年……この国の第三王太子、鳳円がいた。
「――円さまっ……いや、別になんもないっすよ。ハハ……」
流石に王太子の面前で人を貶すのはまずいと思ったのか月雪は慌てたように響の肩から手をどける。
「うーん、本当に?」
疑うように円はそこに居る四人を順に見た。
必死に頷く月雪と未だに笑みを崩さない響。
全く興味のなさそうな珀に珀の後ろで控えている剱。
円は一人ので視線を止めるとニヤリと口角を上げた。
「……本当に、何もなかった? ――ねぇ、珀ちゃん?」
指名が入るとは思っていなかったため思わず驚いたように円を見てしまった。
円は愛らしい笑みを浮かべながらこちらを見ている。
そんな状況に誰よりも焦ったのは月雪だった。
「いやっ、本当に何にもなんですよ!! なっ、巫っ! なっ!」
必死に同意を求める月雪には何も返さない。
ただ三人分の冷たい視線が月雪を突き刺していた。
「……月雪くんには聞いてないんだけど、そんなに慌てるってことはやっぱり何かあったのかな? ――まあ、僕らには関係ないけど、ただ……」
何も言わない私の代わりと言わんばかりに円がにこやかに口を開く。
「こういう場で人を貶めるような発言は良くないと思ってね。……ねぇ、葉月」
――やっぱり聞いてた。
確実に話を聞いていたであろう言葉に月雪は目に見えて顔色を悪くした。
そして円の言葉で円に隠れて全く存在感のなかった存在にようやく気付く。
円のすぐ後ろで深海のように深い青が揺れ、血のように真っ赤な瞳と目が合った。
「――くだらねぇ」
一言そう告げて出て行った葉月を月雪は慌てたように追いかけ、円はごめんねぇ、と言って二人の後をゆっくりと追いかけていった。
「嵐のような方々でしたね」
響は何事もなかったかのようににこやかに話しかけてくる。
「そうですね」
なるべく平常心を装い応答する。
しかし想定していないの出来事に内心は大荒れだ。
今まで一切、争いごとに介入してこなかったあの二人が介入?
事なかれ主義なのか何なのか、あの二人は基本的に自分たちに関係ないことに関してはノータッチ。
珀がどれほど貶されようと自分たちには関係ないを貫き通してきたキャラクターだった。
少しずつ原作の内容が変わってきてるってことかな……。
ただ、私には何が変わっているのかよくわからない。
目に見えるほどの大きな変化は存在していないのだ。
分かりにくい変化が一番困る。
細かい所が変わることによっておこる変化にどれほど対応できるか……。
ここから試されるのは私の対応力って訳ね。
慌てた所でどうしようもない。
誰にもバレないように息を吐きだし平常心を保つために再度紅茶を口に含んだ。