禁断の力、変貌の時
◆
鉄筋コンクリートの建造物に叩き込まれたヴェインは背中を打ち付けた瞬間、肋骨が骨折、更に肩の骨が脱臼。そして頭部を軽く打ったことにより意識が朦朧とした。
全身を駆け巡る激痛。叫びたい衝動を必死に抑える。
苦しい、辛い、痛い。
だが意地でも叫びたくなかった。だって、だって、ルキナは、もっと苦しかったに決まっているのだから。
「死ななかったのは運が良かったとか思ってないよな?」
また、一瞬にしてニューロードが間合いを詰める。その冷たい目線は、まるで爬虫類のようだった。さながらヴェインは捕食される小動物か。
「”死なないようにしたから”だ。シャイニング・トラペゾヘドロンについて答えろ」
「だれ……が……!」
ボキン
音がした。
激痛が、先ほどよりも神経に駆け巡る激痛がヴェインの脳天を貫く。見ると、足が折られていた。ありえない方向に曲がって、肉から割れた骨がむき出していた。
「~~~ッ!!」
下唇を噛み締め、悲鳴をこらえる。耐えきれる痛みではない。脳内物質が駆け巡り、必死に激痛を抑えようとするが、それでも痛みはシナプスを駆け巡り、全身に悲鳴をあげる。
「ははは、がんばるなーお前、ガッツだけは認めてやるよ」
そんな姿を、ニューロードは乾いた声で笑う。
「死ねニューロード!!」
ペインゲッターの体が、宙を舞う。研ぎ澄まされた刃を携え、彼はニューロードの背後から斬りかかる。その手には、高周波ブレード。鉄塊さえも容易く切断する、恐るべき武器だ。
だが、ブレードを叩きつけたその瞬間、ペインゲッターの動きが止まる。彼の顔が、驚愕に歪む。
「なっ……!?」
高周波ブレードが、ニューロードの背中に触れた、まさにその時。刃は、まるで紙細工のように、いとも簡単に折れてしまう。高純度セラミックアラミド加工の刀身。戦車に踏み潰されても歪むことのない、その強靭な剣が、脆くも砕け散ったのだ。
ペインゲッターは、己の目を疑う。信じられない光景を前に、彼は言葉を失う。
ニューロードの背中は、傷一つ負っていない。まるで、高周波ブレードの攻撃を、最初から無効化していたかのように。
「そんな……馬鹿な……」
高周波ブレードの無力さを悟ったペインゲッターは、間髪入れずに次の手を繰り出す。彼が選んだのは、電磁ネット。異世界転生者の技術によって生み出された、指向性マイクロウェーブ兵器だ。標的にのみ電撃を浴びせ、動きを封じる。
さらに、ペインゲッターはスタングレネードを二つ、空中に放り投げる。
閃光が視界を覆い尽くす。爆音が鼓膜を叩き、地面を揺るがす。電磁ネットとスタングレネードの複合攻撃。それは、ニューロードを倒すための、ペインゲッターの全力の一撃だった。
世界を揺るがす爆音。眩い閃光が、視界を白一色に染め上げる。ペインゲッターの放ったスタングレネードが、炸裂する。それは、五感を麻痺させる、暴力的なまでの感覚の奔流だった。
しかし、ニューロードは微動だにしなかった。
例えるならばそれは、嵐の海に毅然と佇む岩礁のように、微動だにしない。音も、光も、彼には届いていないかのように。
「邪魔をすんじゃねぇよ、怪人風情が」
ニューロードが、淡々と静寂を引き裂く。
「俺の能力は、あらゆる物理現象を操ることができる。音も、光も、俺には何の影響も与えない。俺に届く瞬間、光も音もゼロにした」
それは残酷なまでの現実。ニューロードの言葉は、紛れもない事実だった。その証明なのか、彼だけでなく、その傍らに立つヴェインの姿にも、スタングレネードの影響は全く見られない。
それでも、ペインゲッターは、最後の望みを託し、義肢に仕込まれた武器を起動させる。鋭利な刃が、ニューロードの喉元へと迫る。だが、ニューロードは、まるでそれを見透かすかのように、ペインゲッターの義肢に拳を叩き込む。
鈍い音が響き渡り、ペインゲッターの義肢は、ガラス細工のように砕け散る。
「ぐッ!!」
ペインゲッターの悲鳴が、空気を切り裂く。破損した義肢からの痛みはない。だがバランスを崩し転倒し、無様に地面へと転がる。
間髪入れず、ニューロードの周囲を光の柱が突如取り囲む。
「攻撃で倒せないなら、封印はどうかな……!」
それは、レティシアの放った魔法の光。神聖な輝きを放つ光の檻は、ニューロードを捕らえ、その動きを封じ込める。彼女は、己の魔力を最大限に解き放ち、ニューロードを光の牢獄に閉じ込めようとする。
しかし、次の瞬間、レティシアの表情に影が差す。
「なっ……!?」
囚えたと思っていたニューロードの姿はどこにも見えない。背後から気配を感じた。振り返ろうとしたその瞬間、衝撃が走る。突風のような衝撃波。レティシアは吹き飛ばされ、街の建物に叩きつけられた。
ニューロードが身につけた相転移テレポートには限度がない。例え不意打ちをしたところで、彼のチート能力の前では力をゼロにされ通らない。かといって先ほどのレティシアのような搦め手を狙おうとも、相転移テレポートにより、その狙いは大きく外れる。
無敵。形容するならば、まさしくその言葉が適切であった。
ニューロードは残されたスクルドをじっと見ていた。残るはお前だと言わんばかりに。
「くっ……ふ、ふざけんな!」
彼女の抵抗など、ペインゲッターやレティシアにとっては無意味。それでも彼女は腰に下げた銃を構える。だがそれよりも早く、ニューロードは動き、スクルドを地面に叩きつけた。彼女の悲痛な嗚咽が響く。
「これで邪魔者は終わりだ。話を邪魔されたら困るよ……なぁヴェイン?」
ニューロードのサディスティックな視線が、ヴェインを貫く。既にヴェインは満身創痍。ニューロードに折られた両足から突き出す骨からは血が滴り、僅かな風さえも激痛に感じるほどであった。
顔色も悪く、息も荒い。それでも彼が気を失わないでいられたのは、殺された恋人への執念か。
「もう一度訊くぞ?シャイニング・トラペゾヘドロンについて答えろ」
光なき瞳で、感情が一切籠めず、ただ淡々とニューロードはヴェインに問いかける。しかし、
「お前に……話すことなんて何もない!」
「そうかよ」
ヴェインは、不屈の覚悟でそう答えるが、ニューロードはそれを淡々と聞き流し、腕を折る。両足同様、腕部の開放骨折。激痛がヴェインの脳裏に走る。
それを弄ぶように、むき出しとなった骨をニューロードは掴み、ヴェインの腕をぐりぐりと力を入れて傷口を広げる。
そのたびに、激痛が神経を駆け巡る。気絶すればいっそのこと楽になれると、ヴェインの脳裏に浮かぶ。だが、それでもヴェインは、目頭の浮かぶ涙をこらえながら、ニューロードを睨んだ。
「ちっ、モブのくせして根性すわってんな……お?なんだそれ」
ニューロードの視線が、ヴェインの首元へと向けられる。そこにあったのは、見慣れないアクセサリー。ただの装飾品ではなかった。細い紐の先端に、小さく透明なガラス管が揺れている。その中には、微かに光を放つ、謎めいた鉱石のようなものが収められていた。
興味を惹かれたニューロードは、乱暴にそれを奪い取る。ヴェインの抵抗など、彼には蚊帳の外だった。ガラス管を掌に載せ、じっくりと見つめる。淡い光は、まるで呼吸をするように、ゆっくりと明滅を繰り返していた。
「これは……なんだ?」
ニューロードは、呟く。その声は、好奇心と興奮に満ちていた。彼は、この見慣れない物体に、不思議な魅力を感じていた。
「か、返せ!それは父さんの形見なんだ、お前の求めているものじゃない!」
「形見?この宝石が?見たことねぇ……こんな自然発光する石なんて……」
不思議な光だった。その光は青白いような輝きを放っていて、自然由来のものには見えなかった。また輝きはまるで脈動するかのようにわずかに点滅をしていて、生き物のようであった。
「宝……石……?なにを言っているんだ……?」
ヴェインは、ニューロードの言う事が理解できなかった。彼の目に映るは、光り輝く鉱石。それは、ヴェインの父の形見である、ガラス管に収められた乾いた薬草とは、全く異なる姿をしていた。
ヴェインにとって、それは採薬士であった父から受け継いだ、ただの薬草だった。勇者たちが探し求めていたという、特別な薬草。名もなき村の人々にとっては、ありふれた薬草の一つに過ぎなかった。
その薬草の正体は、見る者によって姿を変える不思議な存在。故に、その発見は極めて困難を極める。ヴェインの目には乾いた薬草に映るものが、ニューロードには眩い鉱石に見えたのは、そのためだった。
「こいつは……おお、おおお!?」
ニューロードは、ガラス管を握りつぶし、中の鉱石を直接手に取る。すると、次の瞬間、信じられないことが起こる。鉱石は、まるで水面に吸い込まれるように、ニューロードの掌へと溶け込んでいったのだ。
それは、幻想的な光景だった。光り輝く鉱石が、ニューロードの皮膚を透過し、彼の体内に消えていく。まるで、それは最初からそこに存在していたかのように。