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誰がために、命を懸ける

 「嘘だと思っているのか?」

 「ちがうよ、クク……ひぃひぃ……あー腹いて……なら俺を止めてみろよ、ご自慢のその腰に下げた銃を、撃ってみな!ほら!」


 両手を広げ、傲慢な態度でニューロードは、ペインゲッターに迫る。


 「そうかよ」


 乾いた銃声が、張り詰めた空気を切り裂く。ペインゲッターは、迷いなく引き金を引いた。容赦はない。ニューロードの心臓を狙い、弾丸を撃ち抜く。だが……


 「……な?効かねぇ」


 銃弾は、ペインゲッターに直撃する寸前で止まり、地面へと転がる。


 「……チート能力か」


 これこそがニューロードのチート能力「オール・オア・ナッシング」。その能力とは……


 「あらゆる物理現象をゼロか最大へと変える。それがそいつの能力、銃じゃあそいつに傷はつけられないよペインゲッターさん?」


 凛子が、ニューロードの能力を説明する。

 チート能力「オール・オア・ナッシング」。それは、物理現象を自在に操る、恐るべき力であった。銃弾の運動エネルギーをゼロにまで減衰させ、ダメージを無効化する。それは、ニューロードの能力の一端に過ぎなかった。


 「そういうことだ、ペインゲッター。格が違うんだよ」


 ニューロードの言葉が、静寂を切り裂く。次の瞬間、彼はペインゲッターとの間合いを詰めていた。それは、人間の目では捉えきれないほどの超高速移動。自らの移動速度を極限まで増幅させた、驚異的な速さであった。


 「なっ……!?」


 ペインゲッターは、咄嗟に身構える。しかし、ニューロードの速度は、彼の予想をはるかに超えていた。


 「遅い!」


 ニューロードの拳が、ペインゲッターの顔面を捉える。

 無論、ニューロードの加速には限度がある。「オール・オア・ナッシング」とは、対象が実現しうる限界までしかできない。

 即ち、運動エネルギーをゼロにはできるが、分子の運動をゼロにすることで絶対零度にしたり、逆に無限にエネルギーを増幅させ、宇宙すら崩壊させるエネルギーを放出させる……ということはできない。あくまで実現しうる最低限のものなのだ。

 此度、ニューロードが加速できる最大限の速度は、音速。

 限度があるとはいえ、その速度は驚嘆に値する。それこそ、人間一人、吹き飛ばすことも可能。


 「くっ……!」


 ニューロードの拳が迫る。その刹那、ペインゲッターの身体に電流が走る。思考よりも早く、反射よりも速く。彼に搭載された自動撃退システムが、脅威を感知し、起動したのだ。

 無茶な挙動で、ペインゲッターの身体は横に跳ぶ。それは、まるで操り人形の糸が切れたかのような、不自然な動きであった。同時に、彼の義手から紫色のガスが噴出される。見るからに有毒な、致死性のガス兵器だ。

 しかし、次の瞬間、ガスは跡形もなく消え去った。まるで、最初から存在しなかったかのように。


 「操作できるのは、エネルギーだけじゃあないんだぜ?」


 ニューロードは、勝ち誇るように言い放つ。彼のチート能力「オール・オア・ナッシング」は、エネルギーだけでなく、物質の構成要素にまで干渉することができたのだ。

 ペインゲッターは、歯を食いしばる。自動撃退システムをもってしても、ニューロードの能力に対抗することは難しい。窮地に立たされていた。

 その時、彼の周囲を炎が取り囲む。


 「こういうのは、久しぶりだから慣れてないんだけどね」


 レティシアだ。

 彼女は、ニューロードの能力を考慮し、魔法により独自の理を生成。この世には存在しない複数の炎を魔法により創り上げ、そしてぶつける。

 だがそれも、ニューロードの前では霧散する。


 「惜しいところだ、だが駄目だな?ようするに俺の能力は『なかったことにできる』能力、それが正体不明の理によるものだろうと、関係がねぇんだよ!ハハハ!」


 そう、彼の本質はゼロか、あるいは全てか。オール・オア・ナッシング。その物理現象に、細かな理屈などは不要。ただ全てを失うか、あるいは手にするか。

 彼の能力の本質は、つまるところそういう能力なのだ。


 「ニューロード、ごめんね?下手したら死んじゃうかも?」


 その時、凛子が手に持った鈍器でニューロードに振りかぶる。


 「あ!あの女、いつのまに……」


 ペインゲッターは思わず呟く。

 それは彼の車に搭載されていた武器である。単純ではあるが、愚直なその武器は、てこの原理を応用したもので、女性の非力な腕でも、コンクリートを粉砕するほど高密度かつ暴力的な設計をしている。


 「ハハ、凛子ちゃん、だから俺にはそんなもの効かないってゴボァ!!」


 武の定石もない彼女が力任せに振るったせいか、形になっていない攻撃をニューロードは笑う。だが次の瞬間、鈍器が彼の顔にめり込み吹き飛ばされる。

 信じられない顔を浮かべ、鼻血をボトボトとこぼして、ニューロードは凛子は見つめる。


 「え、何、何がおきたのこれ?」

 「アイドルのファンサービスはぁ……なかったことにできないんだぞ♪」


 意味のわからない答えだった。

 得意げな顔で鼻息を荒くする凛子に対し、ニューロードはそんな感想を抱いた。

 恋ヶ崎凛子のチート能力は「オールフィクション」。その能力は精神操作のはずではなかったのか。

 疑問符が、脳裏を埋め尽くす。そして得た結論は一つ。


 「その武器が……俺の能力を無効にしているのか!あの、あの魔王フィアレスのように!」


 ニューロードの叫びは、絶望に満ちていた。彼は、凛子の持つ鈍器こそが、己の能力を封じた原因だと考えたのだ。その視線は、ペインゲッターへと向けられる。


 「そ、そんな優れた武器があったのかペインゲッター!!?」


 武器の解説を求めるように、一同はペインゲッターに熱い視線を注ぐ。


 「いや、それは普通の鈍器だ!」


 ペインゲッター自身が困惑していた。なぜ凛子がニューロードにダメージを与えられたのか。


 「だからー私のファンサービス……」

 「んなわけねぇだろ!ふざけてんじゃねぇぞこのメスガキ!!」


 飄々とした態度をとる凛子に、ニューロードはキレる。

 無敵の自分の能力を突破する相手。それは魔王やオールマン以外にいてはならないのだ。彼のプライドが著しく傷つけられたのだ。

 瞬間、凛子とニューロードの距離が一瞬にして、またもや縮まる。そしてその勢いのまま、ニューロードは凛子の腹部に向けて、拳を叩き込もうとした、そのときだった。


 「~~~ッッ!」


 悶絶。

 ニューロードは声にならない叫びをあげてうずくまる。よく見ると、凛子は膝を上げていた。位置的にそれは……。


 「金的か、それも鮮やかな」


 ペインゲッターの呟きが、静寂を破る。急所の一撃。非力な女性でも、屈強な男性を倒す手段の一つである。もっとも彼が驚嘆したのは、まるでニューロードの動きを呼んでいたかのように、そこに置いていた膝が、クリティカルにヒットしていたことだ。

 目に涙を浮かべながら、ニューロードは凛子を睨みつける。


 「て……め……」

 「遅いよ、これが舞台のオーディションなら、一次で失格だよ?」


 小気味の良い音が鳴り響く。凛子がニューロードの頭部を蹴り飛ばしたのだ。瞬間、脳が揺れ視界がぐにゃりと曲がる。脳震盪、一撃でニューロードの意識は夢心地であった。

 そして彼の顎先に、掌底の打ち込み。

 その一連の流れはまるで舞踊のようで、それでいて淀みのない一瞬の流れであった。崩れ落ちるニューロード。まるで深い眠りに落ちるようだった。


 ───お前には最初から期待していない、故に保険をかけておこう。お前はオールマンではない。少し精神に異常を来たすかもしれんがな?


 それは、魔王フィアレスの言葉。彼は知っている。オールマンの力の正体を。ニューロードの脳髄に刻まれた保険。

 そのとき、ニューロードの意識は、既に別の場所にあった。彼は、深淵を覗き込むような感覚に陥っていた。それは、時間の流れが歪み、空間がねじ曲がる、異様な感覚だった。

 彼の脳裏に、一つの言葉が浮かぶ。


 「オール・オア・ナッシング」


 それは、彼の持つチート能力。あらゆる物理現象を、ゼロか、観測可能な最大値へと引き上げる力。彼は、その力を、今、まさに発動させようとしていた。

 ニューロードの意識が、現実世界へと戻る。それと同時に、彼の身体能力は、極限まで高められる。筋肉は鋼のように硬くなり、神経は電光石火の速さで反応する。


 「ナッシング!オールド・ワンッ!」


 彼は、この空間そのものにその能力を行使した。空間と空間の、自分の距離をゼロとする。自分がそこにいたという情報をゼロにし、そして同時に別の観測点に自分という存在値を最大値にする。

 即ち、量子もつれによる相転移テレポート。彼の能力ならば、理論的には可能。


 凛子の表情が、初めて変わる。

 掴みどころのない子猫のようだった彼女が、ニューロードの起きた"異変”を観測し、初めて感情を見せた。


 「お前……何をした?」


 凛子は神妙な表情を浮かべニューロードに尋ねる。だがニューロードは質問に答えない。ただ上機嫌に飛び跳ねる。


 「すげぇ……すげぇ……!はは!そうか、そういうことだったんだ!俺は、俺たちは!可能性がある限り、どこにでもいける!そうだ、そうだ!これが、これが異世界転生者ってことだ!」

 「無視すんのやめてくれない?」


 一人呟くニューロードに対し、凛子はいつの間に持っていた拳銃の引き金を引く。銃声とともに弾丸は放たれる。だが、ニューロードは一瞬にして消える。同時に、凛子の隣へと出現した。


 「ああ!悪い悪い!今、俺はすげー気分が良いんだ!理解した!俺の能力は!こういうことだったんだ!」


 ニューロードの手に黒点が現れる。それは次第に大きくなっていき、やがて空間にひずみを作り始める。

 小型ブラックホールである。大気中の素粒子を、観測可能な最大値へと変換。それを累乗的に行い質量を加速的に増大させる。更に同時に一部の重力をゼロにする。ゼロ重力と通常重力の間にはとてつもないエネルギーの閾が発生し、圧縮。

 それが周囲の粒子を飲み込んでいき、完成する。彼だけのオリジナル。


 「新生☆ニューロード!インフィニット!フィストって奴だァ!ヒャッハァ!!」


 叩き込む。凛子にブラックホールを。周囲の建造物はブラックホールに巻き込まれ崩壊し、瓦礫の渦となりてニューロードを中心に渦巻く。

 さながらそれは瓦礫の竜巻と呼ぶべきか。


 「がっ……!」


 途方もない破壊力と衝撃。うめき声をあげ、凛子は吹き飛ばされる。ビルに激突し、周囲がひび割れる。ブラックホールは同時に蒸発。消えてなくなった。


 「おかしいなぁ、今のは即死すると思ったんだが、ま、お前も七星天の一人ってことだな凛子ちゃん?」

 「ちっ……あの化け物と同じ領域に近づいてきてるってこと……突然どうして……」


 凛子は口に溜まった血を吐き出す。だが、その程度でほぼ無傷であった。小型ブラックホールの衝撃を彼女はなかったものとした。通常考えられないタフさである。


 「おいやばいぞ、アトラスが!」


 二人のやり取りに声を失いかけていたペインゲッターだったが、アトラスが立ち上がり、走り出そうとしている様子を見て叫んだ。

 そう、今、ここで相手しなくてはならないのはニューロードだけではない。アトラスを止めなくてはならないのだ。

 人魂爆弾となったアトラスを、阻止しなくてはならない。そしてそれができるのは、凛子のみ。


 「あー、もう!面倒くさいなぁ!」


 凛子は髪をかき乱しながら叫ぶ。

 二律背反。ニューロードの相手とアトラスの相手。彼女は両方を務めなくてはならない。だがそれは不可能なのだ。アトラスは少しずつ本調子を取り戻し、また全速力で東京中心まで走ろうとしている。


 「凛子さん!行ってくれ!アトラスのところに!」


 そのときヴェインは叫んだ。一秒でもおしいこの時間。彼は真っ先に叫ぶ。


 「いや無理でしょ!ニューロードは私を追いかけるに決まって」

 「俺がヴェインだニューロード!!どちらを選ぶ!!凛子さんを追いかけるか、この場で俺を殺すか!!」


 全員が、その場で凍りつく。

 ニューロードがヴェインに確執していたのは分かっていたこと。そして名を明かすということは、間違いなく殺されるということ。

 だがしかし、間違いなくニューロードの優先は移る。この一瞬で、ヴェインはそう判断したのだ。彼の覚悟が、そうさせたのだ。


 「~~!馬鹿じゃないのお前!?そんなことしてなんの意味ないじゃん!!この馬鹿が!!」


 凛子は叫ぶ。叫びながらも、走り去る。目指す先はアトラス。


 ───ああ、良かった。


 ヴェインはただ、心の中でそう呟く。そして凛子に感謝の言葉を告げる。

 彼女はやはり本物だった。どれだけ本心を偽ろうと、腹に何かを抱えていようと、今この瞬間、東京を、無辜の人々を守りたいという気持ちだけは本物だった。

 だから、自分のしたことは無駄ではなかった。自分の覚悟を汲んでくれた。

 だから、だから、きっと彼女はいい人だったのだ。信じて、本当に良かった。


 「お前がヴェインかよ」


 目と鼻の先に、ニューロードが転移する。その瞳に光は一切なく、漆黒の海のようだった。レティシアもペインゲッターもスクルドも誰一人とて反応できない。ゼロコンマの瞬間移動。量子もつれの相転移テレポート。反応できるのは人間ではない何かでしかない。


 「ああ、そうだよこのクソ野郎」


 ヴェインは笑う。精一杯の侮蔑を込めて。精一杯の勇気と、怒りを込めて。

 ニューロードの拳が、ヴェインの腹部に叩き込まれた。

 血の味が、した。

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