偽りの墓標に別れを告げて、真実の戦場へ
「だから距離が近いと言ってるだろ!あーくそ!分かったよ!今回は助かった!!事実だよ!!ありがとうございます、助かりました!!これで良いか凛子!」
レティシアは、ヴェインに縋り付く凛子の襟首を掴むと、ぐいと引き離した。そして半ばヤケクソのように凛子にも感謝の言葉を投げつけた。
「なーんか、気持ちこもってないな……まぁいいや、今回はそれで我慢しちゃう」
意外にも凛子はレティシアの感謝の言葉を聞くと、一転して大人しくなり、いつもの様子に戻る。
「そういえば、凛子さんどうしてここに来たんだ?ジェネシスの社長に人身売買について問い詰めるんじゃなかったか?」
「あーうん、それね、失敗しちゃった」
ヴェインの言葉に凛子は悪びれる様子もなく、舌をペロリと出して軽く頭を下げる。
「いや、録音装置持っていったんだけどね?バレちゃったの、それでさー私もちょっと頭に来ちゃって人身売買やめろ!って言ったら『しばらく謹慎処分だ』なんて言われちゃってさぁ、もうそこから門前払い!はーあの社長、鋭いよね」
「え、それって……」
「だから私は今、七星天じゃありませーん☆活動休止中でーす☆テヘッ♥」
凛子はそういって自分の頭を少し小突いて、反省したような態度をとる。
「どうしてこの女は七星天なんて重要な地位を剥奪されてこんな態度をとれるんだ……?」
ペインゲッターは、凛子の様子を、理解不能なものを見るような目で見ていた。彼女の行動は、すべてが彼の常識を超えていた。
大物故の余裕なのか? それとも、何か深い考えがあってのことなのか?
ペインゲッターの頭の中は、疑問符でいっぱいだった。
「まぁそれで、ヴェインにとりあえず報告しようとしたら、圏外だったから、この間、無断で取り付けてた発信機を辿ってここにやってきたってわけ」
「なるほど、そういうことか……ん?」
ヴェインは凛子の説明に一応の納得をする。少し不穏な言葉が聞こえたが、おそらく幻聴の類だと思い気に留めないことにした。
「でもさ、魔王もレティシアちゃんを人魂爆弾にするなんてやりすぎだと思わない?別に魔王の力、ぶっちゃけお前らなんて全員倒せるじゃん?」
凛子の言葉に一同は目を合わせる。
確かに悔しいがそのとおりだった。魔王の力がかつてこの世界を支配していたあの魔王フィアレスならば、こちらの戦力はペインゲッターとスクルドのみ。到底敵うとは思えない。
足止めに、レティシアを人魂爆弾にするのはやりすぎなのだ。
「……いや言いたいことは分かるよ、パパは、フィアレスは私を始末したかったんだ。理由は分からないけどね」
気まずい空気の中、レティシアはそう答える。
そう、そういう結論にしかなりえないのだ。
「ぶぶー!!ちがいまーす!!レティシアちゃんマイナス100点!!」
だが、そんなレティシアの言葉を凛子は手をクロスしてバツマークを作り否定する。
「まぁぶっちゃけ魔王にとってレティシアちゃんがうざかったのはまぁ?1割くらいあるかもしれないけどね?本質は違うんだよねぇ、爆弾による大爆発!するとどうなる?答えはシンプルで、魔王の隠れ家ごとドーン!ってなくなるわけ?」
凛子は、両手を広げ、爆発を模倣した大げさな身振りを見せる。その様子は、まるで舞台役者のようだった。レティシアは、わずかに苛立ちを覚えながらも、凛子の言葉に耳を傾ける。
「つまりぃ……見られるとまずいのが隠れ家にはあって、それごと破壊したかって……ワケ……w」
そう言って凛子はニンマリと笑みを浮かべポケットから何かを取り出す。小さなペンのようなもの。USBメモリと呼ばれる、異世界転生者の持ち込んだ技術だった。
「その中身はなんなんだ!?」
ペインゲッターは食い入るように凛子に尋ねる。凛子は、ペインゲッターの問いかけに答えることなく、USBメモリを彼にポイと投げ渡す。彼は、慌ててそれを受け取った。
「しらなーい、わたしそもそもそういうのに詳しくないし?でもさ、気にならない?あの魔王が隠れ家で何をしていたのか……きっと何かを企んでる。それは間違いないよね?」
ペインゲッターは義肢にUSBメモリを差し込んだ。彼の義肢はUSBにも対応していて、データは彼の網膜上に投影され、その内容を閲覧できるスグレモノである。だが……
「くそっ、データの破損が著しいな、復旧が必要だ。ここでは無理だな、ベースに戻らないと……」
人魂爆弾の爆発は、凄まじい威力だった。その余波は、USBメモリにも影響を与え、データの多くが破損していたのだ。
「なんとかなるのか?」
レティシアが、ペインゲッターに尋ねる。
「ああ、大丈夫だ。俺の技術なら、復旧は可能だ」
ペインゲッターは、自信に満ちた声で答える。彼は、情報戦のスペシャリストとしても、数々の修羅場を潜り抜けてきた。データ復旧など、彼にとっては造作もないことだった。
「そういうわけだから、あとはよろしくね~」
凛子はそう言って、背を向ける。
「待ってくれ!」
ヴェインは立ち去ろうとする凛子を呼び止めた。
「その……凛子さんはこれからどうするんだ?ジェネシスとは……」
今の凛子の状況は、ヴェインが招いたものである。彼はそのことに少し罪悪感を感じていた。何か助けができればと、彼女に問いかける。
「ふっふーん♪安心したまえ☆私はこう見えて元七星天なんだよ?色々とあてはあるの。あ、それとも一緒に来てくれって言いたいの?それは……ねぇ?」
チラリと凛子はレティシアたちを見る。冷ややかな視線だった。
「まぁそういうことだから、ね?東京から離れるつもりはないし、これからも連絡すれば会えるし、そこはあまり気にしないでいいと思うよ?」
「ごめん……いつか仲直りができると良いんだけど」
ヴェインが謝ると、凛子は「いいってことよ☆」と返し、笑顔で手を振りながら墓地を後にした。その背中はどこか寂しそうで、ひょっとしたら彼女の普段の能天気な振る舞いは、本当は彼女の孤独を誤魔化すものではないかと、ヴェインは思った。
「あの女は信頼できないが、このメモリは確かに興味深い。急ぎ解析を進めよう。フィアレス……奴をこの手で倒せるチャンスがくるなど、願ってもないことだ」
ペインゲッターは、そう呟くと、義手の指先でインカムを操作した。すると、墓地の入り口に、一台のバイクが音もなく滑り込んできた。それは、完全自動運転に対応した、最新型のバイクだった。
「じゃあな、お前たち。心配するな、俺の拠点は既にスクルドに教えてある。気が向いたら来い」
ペインゲッターは、そう言うと、バイクに跨り、エンジンをかけた。
重厚なエンジン音が、静かな墓地に響き渡る。次の瞬間、バイクは、風を切るように走り去っていった。その姿は、まるで、草原を駆ける黒豹のようだった。
残されたヴェインとレティシア、そしてスクルドは、ペインゲッターの去り際を、静かに見送っていた。
「それじゃあ、あたしたちも帰る?徒歩だけど」
スクルドがそう呟くと、ヴェインとレティシアは頷く。
「私たちは、必ず七星天を潰す。そして、私は新たな魔王になる」
彼女の言葉は、ヴェインの心に、希望と不安を同時に呼び起こす。それは、新たな時代の幕開けを告げる、希望に満ちた宣言のようでもあり、同時に、世界を混沌へと導く、危険な予言のようでもあった。
彼らが、凛子からジェネシスが魔王に乗っ取られたという衝撃の事実を知らされるのは、そのすぐ後のことだった───。




