全てはまるでスクリーンの出来事のよう
◇
「あのニューロードの間抜けな顔!最高にスカッとしたよ!これからお前は地獄を見るんだって!」
ヴェインの言葉は、高揚感と復讐への期待に満ち溢れていた。
「俺だってやればできるんだ!異世界転生者たちめ……チート能力なんてふざけた力で無茶苦茶しやがって!」
ヴェインの言葉は、抑えきれない怒りと、わずかな興奮を帯びていた。異世界転生者という強大な存在に立ち向かい、彼らを罠にはめたという事実は、ヴェインの心に、これまで感じたことのない高揚感をもたらしていた。
「うんうんそうだね、上機嫌なのは良いけど、少し落ち着きなよ。その話さっきも聞いた。これがデートなら女の子に呆れられるぞ?」
レティシアは、そんなヴェインを優しく諭す。しかし、その口調には、彼への温かい眼差しが感じられた。
ヴェインは、まるで武勇伝を語る少年のように、何度も同じ話を繰り返す。レティシアは、そんな彼を微笑ましく思いながら、辛抱強く耳を傾けていた。
「それでレティシア、次は何をすれば良い?今ならなんでもできそうだ。潜入任務?あるいは機密データにハッキングとか?何でもするから言ってくれよ」
ヴェインの言葉は、高揚感と自信に満ち溢れていた。ニューロードとの面会を成功させたことで、彼は、自分の中に眠っていた力強さに気づき始めたのかもしれない。
「あぁ、それなんだけどねヴェイン」
レティシアは、穏やかな口調でヴェインに語りかける。車は、徐々に速度を落とし、路肩に停車した。
「え……?ここは、俺の職場?どうして?」
ヴェインは、窓の外に広がる見慣れたコンビニエンスストアの看板に目を奪われる。そこは、彼がアルバイトとして働く場所だった。
「どうしても何もこれから仕事だろ?送迎だよ送迎。私みたいな美人が送迎してあげたんだ、感謝の一言くらいほしいね」
レティシアは、いたずらっぽく微笑む。しかし、その瞳の奥には、どこか真剣な光が宿っていた。
「そうじゃなくて!これからジェネシスと戦うのに……」
ヴェインは、レティシアの言葉の意味を理解できず、戸惑いを隠せない。
「ヴェイン」
レティシアは、ヴェインの名前を呼ぶ。その声は、今までとは打って変わって、凛とした響きを持っていた。
ヴェインは、レティシアの真剣な眼差しに、言葉を失う。
「もう君にできることはない、ここから先は私がやることだよ」
「え、で、でも……俺も何か君の力に」
「もちろん、ヴェインの力が必要な時は呼ぶさ、だが今はまだその時じゃない、今日はもう仕事に戻るんだ、日常は、一度失えば取り戻すのは難しくなるものさ」
レティシアの声色は、先ほどまでの朗らかな雰囲気とは一変していた。それは、冗談めかした言い方ではなく、彼女の強い意志を感じさせる、毅然とした口調だった。
ヴェインは、そんなレティシアの迫力に押され、言葉を失う。彼女の言葉には、逆らうことのできない、不思議な力強さがあった。
車のドアを開け、アスファルトに足を踏み入れる。見慣れたコンビニの灯りが、今日は、どこか冷たく、そして、どこか遠く感じられた。
振り返り、レティシアの車をじっと見つめる。ヴェインの視線は、彼女を追いかけるように、夜の闇に吸い込まれていく。そこには、諦めきれない思い、そして、かすかな期待が、複雑に絡み合っていた。
「……分かった。でも、でも……」
それでも、ヴェインが言葉を続けるのは、ルキナのことが忘れられないからだ。復讐を果たしたいという一心は、彼の心を強く支配し、レティシアに委ねるだけでは、納得できなかった。
そんなヴェインの姿を見て、レティシアは車の窓から顔を出した。彼女の長く美しいブロンドヘアが、夜の街のネオンに照らされ、幻想的な光を放っている。
彼女は、先ほどまでの毅然とした表情を和らげ、優しい笑みを浮かべた。その笑顔は、月明かりに照らされた湖面のように、静かで温かい。
「時期が来れば必ず呼ぶ。誓うよ」
その言葉は、ヴェインの不安な心を包み込む、一筋の光のようだった。それは、復讐への道筋を示す、希望の光でもあった。
車は、静かに走り去っていく。ヴェインは、遠ざかっていくテールランプを、じっと見つめていた。言葉もなく、ただ立ち尽くす彼の姿は、どこか寂しげで、夜の闇に溶け込んでいくようだった。
レティシアの屈託のない笑顔、そして、力強い誓いの言葉。それらは、ヴェインの心に、深い感銘を与えた。反論しようとする意欲さえも、彼女の温かい眼差しによって、優しく溶かされていくようだった。
残されたのは、静寂と、レティシアの言葉の余韻だけ。
ヴェインは、コンビニの自動ドアを押し開け、店内へと足を踏み入れた。蛍光灯の光が、彼の複雑な表情を照らし出していた。
◇
「それじゃあ、あがりま~す、ヴェイン先輩おつかれっス」
コンビニの自動ドアが閉まる音が、静かな店内に響く。アルバイトの女の子は、明るい声でヴェインに別れを告げ、夜の街へと消えていった。
彼女の言葉が、ヴェインの耳に残り、かすかな虚無感を残していく。
ほんの僅かな時間だった。しかし、レティシアと過ごした非日常は、ヴェインの心に、強烈な印象を残していた。それは、刺激的で、興奮に満ちた、彼の人生において、決して忘れることのできない体験だった。
しかし、非日常は、いつまでも続くものではない。レティシアは去り、ヴェインは、再び、コンビニのレジ前に一人佇んでいる。
閉店時間までの間、彼は、ただ黙々と、レジ打ちを続ける。商品のバーコードを読み取る音、レジ袋の擦れる音、そして、時折響く客の足音。それらは、ヴェインの心を、現実へと引き戻す。
蛍光灯の光が、白い床に反射し、冷たく光る。店内は、静寂に包まれ、時間の流れだけが、ゆっくりと感じられる。
ヴェインは、レジ越しに、夜の街並みを眺める。煌煌と輝くネオンサイン、行き交う人々、そして、遠くで聞こえる車のクラクション。それらは、ヴェインの心を、さらに孤独にさせる。
彼は、深いため息をつき、再びレジ打ちに戻った。
「おい……おい!聞いてんのか!」
客の荒々しい声が、ヴェインの意識を現実に引き戻す。彼は、慌てて顔を上げ、目の前に立つ客に謝罪の言葉を繰り返した。
「……あ!すいません、申し訳ありません!えっと……電池が4つですね……はい、500円になります……」
「チッ」
客は、舌打ちをしながら、不機嫌そうに店を出ていく。
ヴェインは、深く息を吐き出す。こんなことは、日常茶飯事だった。彼は、この世界において、ごく平凡な人間の一人に過ぎない。異世界転生者のような華やかな能力も、特別な力も、彼にはない。
こうして日常に戻ったヴェインはいつもどおりの日々を終える。閉店時間になったためシャッターの鍵を取り出した。
ピンポーン
来客を告げるチャイムが、静かな店内に響き渡る。
「すいません、もう閉店時間で……」
反射的に出入り口に視線を向けるヴェインだったが、そこには誰もいなかった。
魔力を使わずに自動で動くこの装置は、異世界転生者たちのチート能力が生み出した技術の賜物だ。その仕組みはヴェインには理解できないが、便利な世の中になったものだと、彼は常々感心していた。
「……あれ?」
誰もいない店内に、再び静寂が訪れる。システムの誤作動だろうか。ヴェインは首を傾げながらも、気にせず戸締りの準備を始める。
「さて……と、カギを……」
しかし、レジの前に置いていたはずの鍵がない。彼は、床に落としたのかと思い、周囲を探し回ったが、鍵は見つからない。
「くそっ、今日はこんなことばかりだな……」
魔術具を不注意で落としてしまったことを思い出し、ヴェインは自嘲気味にため息をつく。今日は、どうもツイていない。
「……ん?」
異変に気付いたヴェインは、息を呑んだ。目の前に、鍵が浮かんでいる。宙に浮き、ゆらゆらと揺れているのだ。
それは、まるで夢の中にいるような、非現実的な光景だった。しかし、紛れもなく、それは現実だった。
『逃げろ』
幻聴が聞こえた。しかし、ヴェインは、その声の意味を理解することができなかった。
「この鍵を探していたのか?少年?」
冷たい声が響き渡る。今回は幻聴ではない。その声は、まるで氷のように冷たく、ヴェインの背筋を凍りつかせる。
「え……ガッ!!」
次の瞬間、ヴェインの首は、見えない何者かに締め上げられた。彼は、苦しみに顔を歪め、もがき苦しむ。しかし、喉を締め付ける力は強く、声にならない悲鳴だけが、彼の口から漏れる。
見えない何者かの存在。それは、ヴェインに、底知れぬ恐怖を与えた。
「ジェネシスに何の目的だ?」
再び、冷たい声が響く。そして、ヴェインの目の前に、空中から魔術具が出現する。それは、彼がジェネシスの会議室に仕掛けたものだった。
ヴェインの背筋に、冷たい悪寒が走る。ジェネシス、魔術具、そして、見えない何者か。すべてが繋がり、一つの答えを導き出す。
「テラ……ケインか!?」
七星天の一人、テラケイン。彼のチート能力は、透明化。ヴェインの行動は、すべて彼に見透かされていたのだ。




