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嘘と真実の迷宮、裏切りの代償

 「凛子とあんなことやこんなことをしたんだろぉ~?あーしらが死に物狂いで暑い中並んでる中!こいつは許せねぇよなぁ、シア!」


 スクルドの言葉が、呼び水となったのか、レティシアの視線は、氷のように冷たく、ヴェインを貫くようだった。二人の視線は、まるで獲物を捕らえた獣のようだった。

 ヴェインは、弁解しようとした。しかし、言葉が出てこない。彼の心は、罪悪感と恐怖で締め付けられていた。


 「違うんだって、俺は……」


 ヴェインの言葉は、虚しく空気を震わせるだけだった。レティシアは、冷酷な笑みを浮かべ、ロープを手に取った。


 「さあ、ヴェイン。お楽しみの時間だよ」


 こうして、ヴェインは吊るされることになったのだ。


 「しかし性的関係か……あの売女ならそれもありうるな……なぁヴェイン?回答には気をつけろよ?次第ではこの小道具が君を傷つける凶器になりそうだ……!」


 レティシアの言葉は、静かだが、鋭い刃物のようにヴェインの心を突き刺す。ヴェインは、必死に弁解した。


 「な、ない! ないない! 本当に何もないんだ!」


 彼は、レティシアの目に真剣な眼差しを向け、真実を訴えようとした。しかし、


 「だったら、どうして凛子が君を助けた? あの言葉は、どういう意味だ? 凛子は話しても良いと言っているのに、君が話さないということは……その、その、スクルド的なことをしたんだろう!?」


 レティシアの言葉は、さらにヴェインを追い詰める。性的関係を想像したのか、レティシアの顔は、みるみるうちに赤く染まっていく。


 「あたし的!? おい、シア、それはあたしへの誹謗中傷なのか、おい」


 スクルドが、レティシアに抗議する。しかし、レティシアは、スクルドの言葉に耳を貸さず、ヴェインを問い詰めることだけに集中していた。

 しかし今もレティシアの鞭を握る手はぷるぷると震えていて、今にもその衝動を抑えきれない様子だった。一度たがを外すと、何発も叩かれることが簡単に想像できて、ヴェインは必死にこれまでのことを思い出していた。


 「凛子さんの目的……レティシアと近い……そうだ!分かった!あのことってあれか!」


 ヴェインは、叫ぶように言葉を吐き出した。


 「ほほーう、話す気になったか、ヴェイン。それじゃあ、辞世の句を聞かせてもらおうか」


 レティシアは、冷酷な笑みを浮かべながら言った。


 「死ぬのか、俺!?」


 ヴェインは、絶望に満ちた声を上げた。彼は、震える手で、凛子と共に見た地下室の光景を語り始めた。アイドル決定戦の裏に隠されていた、残酷な真実。人身売買の闇を。


 ◇


 地下への扉は、一度その仕組みを知ってしまえば、驚くほど簡単なものだった。壁に巧妙に隠されたスイッチを押すだけで、重厚な扉は音もなく滑らかに開いた。まるで、秘密の通路へと誘う、魔法の仕掛けのようだった。

 ヴェインが凛子と共に見つけた昇降口は、あくまで緊急時に使用されるもので、普段は人目に触れることはない。VIPたちは、隠し部屋に設置された専用のエレベーターで、人知れず地下へと降りていくのだ。


 「なるほど、考えてみれば巧妙。人身売買の競売が終わればアイドルコンサートの観客に紛れて帰れば良い……しかも顧客の中には凛子のファンもいるのかあのモニターで生放送も見れるわけだね」


 レティシアは、感嘆と嫌悪が入り混じった声で呟いた。ヴェインは、レティシアとスクルドを案内しながら、地下の会場へと進んでいく。薄暗い通路を抜け、行き着いた先は、鉄格子に閉ざされた牢獄だった。

 重々しい鉄の扉を開けると、レティシアは顔をしかめた。あからさまに不機嫌そうな表情で、彼女は牢獄の中へと足を踏み入れた。


 「何が魔王フィアレスを倒した英雄だ。やっていることは大差ない。無辜の人々を虐げているのが、魔王から異世界転生者たちに変わっただけじゃないか」


 レティシアは、吐き捨てるように言った。その声には、怒りと軽蔑が込められていた。彼女は、英雄と讃えられる異世界転生者たちが、このような卑劣な行為を行っていたという現実に、激しい憤りを感じていた。

 牢獄の中は、薄暗く、重苦しい空気が漂っていた。鉄格子の奥では、亜人たちが希望を失った目でうずくまっている。その姿は、レティシアの心を深く傷つけた。

 彼女は、拳を強く握りしめ、静かに誓った。


 (私は、絶対に許さない。この悪行を、必ず終わらせる)


 レティシアの瞳には、強い決意の光が宿っていた。


 「レティシア……この人たち……」


 ヴェインは、言葉を詰まらせた。鉄格子の中に閉じ込められた亜人たちの姿は、あまりにも痛々しかった。


 「七星天の悪事として、十分な証拠になる。彼らの名誉も地に堕ちるだろうね……と言いたいところだが」


 レティシアは、牢獄に収容された亜人の一人にそっと手を触れた。その瞳は、生気を失い、虚ろだった。


 「駄目だな。彼らはもう、判断能力を失っている。証言は得られないだろう。今のままでは、七星天やジェネシスが主導していたという事実は証明できない……今、死んだ佐々木巌流に全ての罪を押し付ける……それが、ジェネシスのシナリオだろう」


 レティシアは、静かに呟いた。彼女の言葉は、冷酷な現実を突きつけるものだった。

 亜人たちは皆、焦点の定まらない目で虚空を見つめ、まるで魂の抜けた人形のようだった。これでは、裁判で証言台に立つことすら叶わない。もちろん、彼らを悲惨な犠牲者として訴えることはできるだろう。しかし、それでは、真の犯人であるジェネシスに裁きを下すことはできない。

 レティシアは、再び拳を握りしめた。彼女は、この理不尽な現実を、決して許すことはできなかった。


 「とりあえず証拠を探そう。何か書類とかが残っているかもしれない」


 レティシアは、そう言うと、机の引き出しや棚を次々と開けていく。しかし、それらしい書類は見つからない。部屋の中は荒らされ、書類は散乱している。

 そんな中、スクルドは奥まった場所に、もう一つ牢獄があることに気づいた。「調教室」と書かれたプレートが、不気味に光っている。


 「スク?どうした、手伝え、私たちは一応不法侵入者なんだから急いだ方が良い」


 レティシアは、スクルドの様子に気づき、声をかけた。しかし、スクルドはレティシアの言葉に返事をすることなく、ゆっくりと「調教室」へと近づいていく。

 彼女は、鉄格子の隙間から、そっと中を覗き込んだ。薄暗い牢獄の中、一人の少女がうずくまっていた。まだ幼さの残る、亜人の少女だった。

 スクルドは、少女の姿に目を奪われた。その瞳は、恐怖と絶望で曇っていたが、それでもなお、消えぬ灯火のように、かすかな光を宿していた。


 「……大丈夫?」


 スクルドは、思わず少女に声をかけてしまった。彼女の心の奥底に、何かが揺り動かされるのを感じながら。


 「スク!なにしてる?これは……調教……?ちっ、人を家畜か何かだと……」


 レティシアの言葉に、スクルドはわずかに肩を震わせた。彼女は、牢獄の扉に手をかけ、ゆっくりと開けていく。軋む音が、静かな地下室に不気味に響き渡る。

 薄暗い牢獄の中、一人のエルフの少女がうずくまっていた。薄汚れた衣服を纏い、痩せ細った身体には、いくつもの痣が浮かんでいる。備え付けの机の上には、見るも恐ろしい拷問器具と、薬液の入った注射器が転がっていた。

 エルフの少女は、怯えた瞳でスクルドたちを見つめている。その瞳は、深い絶望と、わずかな希望の光を映し出していた。


 「なあ……」


 スクルドは、少女に優しく声をかけようとした。しかし、その瞬間、けたたましい警報音が鳴り響いた。


 「!!?」


 スクルドは、不意を突かれた。それと同時に、エルフの少女は、驚くべき速さで魔術を放った。閃光が牢獄内を覆い尽くし、スクルドたちの視界を奪う。少女は、スクルドを押しのけ、牢獄の外へと飛び出していった。


 「やばい!警備が来るぞ!騒動のあとだ、オールマンも来ている可能性がある!早くここから逃げよう!」


 ヴェインの叫び声が、地下室に響き渡った。緊迫した状況に、レティシアとスクルドも表情を引き締める。


 「さっきの女の子は!? 」


 スクルドが、逃げる間際に、牢獄から脱出したエルフの少女のことを気にかけた。


 「当然捕まえる! 急げ! 彼女がここで唯一正気を保っていた亜人なら……それは私たちの今後を左右する切り札になる!!」


 レティシアは、迷うことなく答えた。彼女たちの目的は、二つ。

 一つは、エルフの少女を見つけ出し、保護すること。もう一つは、異世界転生者、特にオールマンに見つかることなく、この場から逃げること。


 「この会場、割と広いぞ!目星はつくの!?」

 「地面を見ろ!あんな汚いところから逃げ出したんだ、足跡が……くそっこれだからエルフは!」


 レティシアは、地面に目を向け、舌打ちをした。無機質なコンクリートの床には、確かにエルフの少女の足跡が残されていた。しかし、その足跡は、途中で三方向に分かれていた。

 エルフは、古来より森に棲み、自然と共存してきた民族。狩猟を生業とし、野生の中で生き抜く術を熟知している。そんな彼らが、自身の痕跡を隠蔽する術を知らないはずがない。

 これは、魔術を使った痕跡の分散。三つの足跡のうち、二つはダミーなのだ。エルフにとっては、ごく一般的な逃走方法の一つだった。


 「三手に別れるぞ!見つけたらすぐに連絡しろ!スク、例のやつ!」


 レティシアの指示が、地下通路に響く。緊迫した状況の中、三人は互いに視線を交わし、頷き合った。


 「オーケー、ヴェイン! これ持っとけ、睡眠ガスだ!」


 スクルドは、ヴェインに小ぶりのスプレー缶を手渡した。それは、特殊なガスを噴射する、生け捕りに最適なアイテムだった。


 「私は魔法を使う。ヴェインとスクは、そのガスで保護しろ。あとは何とでもなる!見つけたら即連絡、5分後に現況報告をスマホで連絡だ。急ぐぞ!」


 レティシアの言葉に、二人は頷いた。三人は、それぞれの方向へと散らばっていく。薄暗い通路は、まるで迷宮のように入り組んでおり、方向感覚を失いそうになる。

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